2021.04.04

note にて活動中!

先ほど<桜.BLOG> の思い出という記事をエントリーしました。なんと9年ぶりです!

みなさんお元気でしたか? 私は元気です(^^)。

今は noteを中心に活動してます。

このブログ自体は更新が滞ってますが、閉鎖するつもりもなく、ただ更新が滞ってるだけです(^^;。

* * *

noteで「<桜.BLOG> の思い出」という記事を書いて、ここを懐かしく思い出しました。それで同じ内容になりますが、このブログにも載せたという次第です。

* * *

もしよければ 私のnoteに立ち寄ってもらえたらうれしいです。変わらず元気でやってます (^^)。

note:tao / 点を結ぶ

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<桜.BLOG> の思い出

2004年の春の思い出を書きます。

フォローもなければハッシュタグもない時代に、たくさんの人と繋がる初めての経験をしました。それが<桜.BLOG>です。

ブロガーの うみさん発案で、その趣旨に賛同した人たちが参加しました。私の知る限り、個々で活動するブロガーがひとつの企画の元に集まるという発想がそれまでなかったように思えます。

ネットにおける「お題企画」の走りだったのではないでしょうか? すべてが手探りでの開催でした。

2004年3月1日から5月10日の期間に、桜の記事をエントリーして繋がろうという企画です。そうすることで各地の桜の記事が日本縦断するという発想が斬新でした。

テーマは桜に関するものなら何でもOKで、グッズや食べ物など身近にあるサクラの記事もまた楽しいものでした。

当時のインターネットの状況を書いておきます。

ブログというものがあるらしいと私が知ったのは2003年の夏。それまで主流だったホームページ作成ソフトで編集する方法とは異なり、フォームに入力するだけで「記事」が出来るのは画期的でした。

ただ当時は自分でブログを構築するしかなく、一部のスキルのある人だけが楽しめるものでした。

その状況が変わったのが2003年終わり頃。プロバイダーによるブログサービスが始まり、誰でもブログを開設できるようになりました。2004年はブログ元年と呼ばれて、多くのブロガーが誕生しました。

私がブログを始めたのが2003年12月4日。@niftyがブログサービスを開始したのが12月2日だから、その2日後には始めたことになります。まさに飛びついたという表現がふさわしいスタートです。

それまでジョン太のホームページに間借りする形でときどき日記を書いてた私にとって、初めて自分で発信する媒体が持ててうれしかった覚えがあります。これならいつでも自由に書けると思ったものです。

そうはいうものの、当時は他のブロガーと繋がること自体がほとんどありませんでした。ブログにはトラックバックというシステムがあるけど、これは相手に自分の記事をお知らせする機能なので、あくまでも個々の交流に留まっていました。

いいね!もなければフォローもないし、ハッシュタグもない時代。偶然見かけたブログの記事にコメントするしかなかった状況です。

ブロガーの yomikakiさんから誘いを受けたのが、2004年2月22日。私の記事のコメント欄にこんなことを書いてくれました。

桜をネタにbloggerでみんなでトラックバックしましょうって企画があります。現在参加表明は25サイトと大分増えてきました。タオさんも如何ですか?

興味があったので参加させてもらうことにしました。相手先の記事に勝手に自分のリンクを貼るトラックバックを参加者同士でやって盛り上がろうという試みに乗ってみたくなったのです。

実際には自分の桜の記事と、参加者の桜の記事をトラックバックで結ぶだけでは<桜.BLOG>の全体像がつかめないので、有志により専用ブログも用意されました。

参加者はIDとPASSをもらって、専用ブログに同じ記事をアップして、自分の記事と相互トラックバックする手法。

そうすることで<桜.BLOG>という専用ブログから、各参加者の記事にも訪問できるようになり、そこで参加者同士の交流が生まれるというシステムを有志が考えてくれました。
※難しい話ですみません。ハッシュタグがない時代ですから(^^;。

<桜.BLOG> 概要(桜をネタにBLOGでどこまで繋がれるか)

1、企画開始ほぼ同日、同時刻に、同じタイトルで告知するblogをアップする。

2、桜もしくは桜に関するグッズや食べ物などの写真を撮ってblogに随時アップする。もしくは桜に関するテキストを取り扱う。

3、相互トラックバック推奨で、見つけ次第どんどんトラックバックしていく。※記事タイトルに<桜.BLOG>があるのが目印。

残念ながらこの<桜.BLOG>のサイトは残っていません。企画発案者の うみさんの当時のサイトもなくなり、あの当時の熱量をお伝えすることは出来ません。

と思ってたら、見る方法ありましたよ。

Internet Archive」というサイトをご存じですか?
※インターネットをアーカイブ(保管)しているサイトです。全部ではありませんが、過去のWEBページを見ることができる可能性があります。

* * *

<桜.BLOG> の痕跡
※画像等いろいろありませんが雰囲気だけでも(^^;

当時のうみさんのブログ「静かに燃える海」にあった<桜.BLOG>のまとめカテゴリー
うみさん、すみません。
Internet Archiveで見つけてしまいました。

* * *

まとめカテゴリーの中の「桜blogの企画の流れ。」という記事の内容がすごい。

うみさんの思いつきが1週間後にはいろんな人の意見も取り入れて企画内容が完成。同時に参加者募集を開始。その1週間後に専用サイトで企画スタートさせてます。無から有を生み出す熱量を感じる驚異のスピード感です。

私が感心するのは、うみさんがネットに詳しいわけではなかったこと。思いだけで動いた結果、たくさんのブロガーがアイデアや技術を提供して企画を盛り上げてくれました。

どれだけの人が裏で動いてくれたかは「感謝してます。」という記事を見てもらえば分かります。なんと15名!

当初10名程度だった参加者が、最終的には111名に増えました。「ありがとうございました。参加blogさま。」という記事に参加リストがあります。

個性的な人が多かったです。趣味嗜好はバラバラだったけど、桜をみんなで楽しもうという1点において繋がったメンバーでした。

企画終了を告げる「ありがとうございました。またいつか。」という記事で、うみさんはこんなことを書いていました。

桜blogは終了いたしました。
2ヶ月とちょっとの間、桜と共に過ごせて楽しかったです。
関わって下さった皆さまにも感謝しています。
振り返ってみると、慣れないことを沢山やった所為か、肩凝りと寝不足の日々でした(笑)
この企画を通して出会えた方々、出会えた桜、とても大切に思います。ありがとうございました。
願わくは、皆さまのところに素敵な初夏が巡ってきますように。

感無量です。

企画に参加した人はみんな感謝の言葉を残して去っていきました。

この企画の前までにブログで交流があったのは、リアルの友達一人と、ブログで知り合った方が一人しかいませんでした。それが一気に100人以上と交流が始まったわけです。そのインパクトの大きさは計り知れません。

ネットで人と繋がる可能性を知った私の原体験です。

<桜.BLOG>が楽しかったので、このときの参加者を中心に「季節ブログ」の企画に発展しました。春・夏・秋・冬、仲間と一緒に季節を駆け巡ったような印象が私にはあります。「季節ブログ」は2009年春まで続きました。

あの頃のみんなは元気かな? また会いたいな。

* * *

<桜.BLOG>としてエントリーした最後の記事です。

=2004.04.20の記事=
2004年4月4日の桜@<桜.BLOG>
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2012.03.09

3.11という日

3.11が特別な意味を持つようになって、もうすぐ1年になります。
その日が近づくにつれ、複雑な気持ちになる自分がいます。
3.11は息子の誕生日なのです。

1年前のことを思うと、この日を喜ぶことが心苦しく思えます。
でも私は3.11の誕生日を、心から祝福してあげるつもりです。
かけがえのない命がこの日に生まれた。それがとても嬉しいから。

3月11日だけは家族で誕生日を祝いたい。 そして、
3月12日からはまた1年間、あの3月11日を考えていこうと思います。

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2011.03.19

元気かな

言葉を探していました。今回の地震についての。
言葉が出てきません。正直な気持ちを探そうとすればするほど。

被害に遭った人、被害は免れたけど今も不安を抱えている人、
被災地から遠く離れて普通に生活を送ることに良心の呵責を
覚える人。 私たちはみんな心に傷を受けてしまいました。

被災地から遠く離れた自分が、ここに書くべきことは何だろう?
それが何かの役に立つのか?ずっと言葉が出てきませんでした。

でも仕事帰りの夜、ふと口をついて出たのがこの言葉でした。

「元気かな」

ずっと以前に知り合った人たち。連絡を久しく取っていない人たち。
そんな人たちのことが急に懐かしく思い出されました。
今はどこにいるのだろう?元気かな?

被害に遭ってない私がすべきことは、そんな友の顔を
思い浮かべること。 誰かを大切に思う気持ち、
そこを出発点として、何をなすべきか
具体的な行動に移していきたいと思います。

被害に遭ってない私たちは、いたずらに騒ぐことなく、
元気かな と、相手を思う気持ちを忘れないようにしよう。

そして今もつらい思いをされている方には、
元気かな と、あなたのことを心配してる人がたくさんいます。
どうか心を強く、今を乗り切ってください。

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2009.01.28

年賀状に映すもの [2009年版]

[2005年版] [06年版] [07年版] [08年版]

これから書くのは2009年版。つまり今年の年賀状の話です。

Nengajyo2009_1_2

今回のテーマは、年賀状のタイトルと同じ「at home」。
「アットホーム」な「家で」撮った写真という2つの意味を
持たせてみました。さらに今回はホームビデオから映像を
切り取り、年賀状に使うという新しい試みに挑戦しました。

年賀状を作る時に私が一番大切にするのは、何をみんなに
伝えたいかということ。年賀状は一年に一度の便りだから、
我が家はこんな一年でしたという事を、みんなに伝えたい。
そしてその内容は、家族の成長とともに毎年違っています。
去年特筆すべきことは、シュンヤの成長でした。

シュンヤも2歳になり言葉をしゃべるようになりました。
目覚ましい進歩!今ではユースケと普通に会話しています。
その成長ぶりには、いろいろと驚かされます。今までなら
「シュンヤに何かしてあげる」ということが多かったけど、
「シュンヤが何かをする」という感じに変わってきました。
以前のようにユースケに一方的に遊ばれているわけではなく、
いっしょに楽しく遊んでいます。受け身ではなく、主体的に
私たちと接するように、シュンヤもだんだんなってきました。

部活に例えるなら新入部員だった選手が、補欠からスタメンに
昇格したような感じでしょうか。家族の一員として、しっかり
自分で、自分のポジションに立って、行動しています。

だから今回の年賀状では、そんな家族のふだんの様子を
みんなに見てもらいたいと思いました。でもひとつ問題が!
どうやったら家族の自然な様子を撮ることができるのか?

ユースケは小学2年生。小さい頃のように無邪気な表情を
無防備に見せてはくれません。写真を撮ろうとすると、
ふざけたポーズをするか、強ばった笑顔になるかのどちらか。
つまり写真を意識してしまいダメなのです。自然な表情は
なかなか撮らせてもらえません。カメラの腕があれば
別なのかもしれないけど、私にはそんな技術はありません。

そこで考えたのがビデオカメラ。これなら自然な表情が
撮れるのではないだろうか。一瞬のシャッターチャンスを
狙おうとするから難しい。それならビデオで撮りっ放しに
すればいい。あとからコマ送りで自然な表情を選べば
問題は解決するはず!

といってもそのビデオカメラもユースケが生まれるときに
買った7年以上前のもの。今のデジカメに比べたら、
画質は格段に落ちます。でも開き直ることにしました。
別にきれいな写真を見てほしいわけじゃなく、
家族の雰囲気を見てもらいたいのだから、
ぼんやり写ってるようなものでも目的はきっと果たせる。
そう信じて作りました。結果は見ての通りです。
あれぐらいの写真の大きさなら大丈夫なようでした。

ビデオは合計40~50分ぐらい撮りました。
年賀状に載せてないようなシーンは他にもあります。
例えばこんなのとか・・。

Nengajyo2009_2

他にもベッドの上を跳ねたり、洗面台で歯を磨いてるところとか。
思いつくままいろいろ。なかなか楽しい撮影タイムでした。

載せられなかったシーンもいっぱいあるけど、
今回の年賀状からそんな広がりを感じてくれたらうれしいです。

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2009.01.07

「到津の森公園」 ~mixiより~

【2008年12月8日の日記】

1週間前の日曜日。ジョン太が韓国から帰ってくる日。
前日の車椅子バスケに続いて、お義母さんも誘って
この日はみんなで「到津の森公園」に行ってきました。
天気もよく、絶好の動物園日和です。

到津(いとうづ)の森公園は、北九州市民の憩いの場。
ちょっとした動物園と遊園地がある市民公園です。

ジョン太が韓国に行っているので、その間日本残留組も
充実した休みを送りたいと思っていました。
それは残された日本残留組の我々も、韓国に負けない
くらい楽しかったと、言い張りたい強がりもあったし、
ジョン太が帰ってきた時に、私たちが何もせず疲れきった顔
をしては、ジョン太が後ろめたい気持ちになるかもしれない。
そう思わないで済むように、こちらも楽しい思い出を
いっぱいつくっておこうと思いました。

そして何よりも、お義母さんにこの週末を楽しんで
もらいたかったのです。これが今回の最大の目的です。

日ごろお義母さんが我が家にヘルプに来てくれるときは、
ジョン太の出ごとがある時で、いつもは平日。私は仕事、
ジョン太は出掛けているので、お義母さんは子どもたちの
面倒を見るので精一杯。とてもどこかに出掛ける余裕は
ありません。だからこの週末は、私がお義母さんを誘って
子どもたちと一緒に出掛けたかったのです。
北九州をオモテナシするなら、お手のもの。
楽しんで帰ってもらおうと思いました。

そういうわけで今回は到津の森公園。
久しぶりの動物園にユースケもシュンヤも楽しそうでした。
それを見ているお義母さんも(^^)。

シュンヤは動物が近づくとこわいみたいでした。
うさぎのタッチコーナーもこわがって辞退するほど(^^;)。
そういえばユースケも昔そうだったような・・。
今ではよろこんでうさぎのタッチコーナーもしてたし、
象のエサも喜んでやっていました。成長したもんだ。

そして遊園地コーナー。やっぱり子どもたちはこっちのほうが
好きみたい。いつもならあまり好き勝手はさせないけど、
今回は大盤振る舞いです。なんせジョン太は韓国。少しぐらい
子どもたちの好きにさせてやってもいいかななんて思ったりして。
あれに乗りたい、これやりたいという、子どもたちの声に、
ああ、いいよいいよと、私も気前がよくなっていました(^^)。

じゃあ、最後にみんなで観覧車に乗ろうという話になり、
丘の上の観覧車に乗りました。乗っている途中で
ちょうどジョン太からケータイに電話がありました。
「今、福岡空港に着いたとこ。これから帰るね」
「今、到津の森公園。みんなで観覧車に乗ってる」
「あ、そう??」 みんな顔を見合わせて笑顔 (^^)。

ジョン太の不思議そうな声になんだか愉快な気持ちになりました。

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「国際車椅子バスケットボール大会」 ~mixiより~

【2008年11月30日の日記】

ジョン太不在の週末。お義母さんも誘ってみんなで
北九州チャンピオンズカップ国際車椅子バスケット
ボール大会を見に行ってきました。

この大会は今年で6回目です。2002年に北九州で
開催された世界車椅子バスケットボール選手権大会が
縁で、翌年からこの大会がスタートしました。
私たちはこの2002年の世界大会を見てから車椅子
バスケのファンになり、足を運ぶようになりました。
世界大会から数えると、今回で4回目の観戦です。

車椅子バスケを、障害者がするスポーツという目で見る
のは間違いです。あのスピードと激しさは、一度見ると
忘れられません。それだけ完成されたスポーツなのです。

そして私が車椅子バスケを好きなもうひとつの理由は、
助け合いの精神がすごく感じられるからです。
激しいスポーツなので、車椅子が倒れることもよくあります。
障害の度合いによっては自分で起き上がれない選手もいます。
そんなとき相手の選手が手を貸して助けてあげるのです。
戦っている相手であっても助け起こすその姿に感動します。
子どもたちもそこから何かを感じとってくれるでしょうか。

今回は日本VSオーストラリア戦を見てきました。
もちろん日本を応援しましたが、実はオーストラリア
にも応援したい選手がいたのです。その人は岩野博。
単身オーストラリアのリーグに乗りこんで活躍している
日本人選手です。2年前、偶然見た「情熱大陸」で
紹介されていて覚えていました。
http://www.mbs.jp/jounetsu/2006/09_24.shtml
いつかこの人を見てみたい、その夢が叶いました。
世界で活躍する日本人選手がここにいる。
それだけでもう感動です。

試合の結果は58対51で日本の勝ち。
かなりの接戦でユースケもハラハラしていました。
すごく熱くなれる好ゲームでした。

試合が終わった後は、体験コーナーに行き、
私もユースケも、車椅子に乗ってフリースローを
させてもらいました。初めて乗る車椅子に感動。
ちょっと選手になった気分でした(^^)。

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「ジョン太、韓国へ」 ~mixiより~

【2008年11月30日の日記】

金曜日からジョン太が韓国に行ってます。
日曜日に戻ってくる予定。

目的は俳優イ・ジョンジェ新作映画の日本向け
プレミア試写会(&ファンミーティング)とのこと。

ずいぶん迷ったみたいだったけど、行くと決めたので、
みんなで送り出してあげました。子どもたちの面倒は
ジョン太のお母さんがヘルプに来てくれました。

韓流ドラマ「エア・シティ」にハマってるなあと
横目で見てたら、どうやらイ・ジョンジェのファンに
なったらしく、その結果今回の韓国行きとなりました。

で、私がどう思ってるかというと、ジョン太をこころよく
送り出してあげました。この忙しいのに!なんて言うのが
普通なのかもしれないけど、不思議とそんな気持ちには
ならないんです。

まず、ジョン太にやりたいことがあるというのが嬉しい。
そしてその行動力にも感心します。さすがジョン太!
我が家は団体行動が基本ですが、やりたいことが
あれば、それを応援するというのが我が家流です。
夫婦といってもいろんな形があると思うけど、
私たちはそんな感じです。

まずは自分がやりたいことがあってイキイキすること。
それを夫婦で分かち合いたいと思っています。
さて、そんなわけで日本残留組も、ジョン太に負けない
ように、この週末楽しい思い出を作るつもりです。
ジョン太が戻ってきたら、お互いの話に花が咲くように。

P.S.ジョン太が韓国に行ったので、来年ap bank fesが
  あれば、今度は私が行こうと企んでいます。
や~、今まで遠慮してたけど行けそうな気がしてきたよ。
だって、fesのある「つま恋」は「韓国」よりも近いもの(^^)。

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↑これがmixiに載せた日記。韓国に行くという特別なイベントを
応援すること。それを私なりに楽しみたいと思いました。

> まずは自分がやりたいことがあってイキイキすること。
> それを夫婦で分かち合いたいと思っています。

韓国行きを、私も楽しみました。

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新しい年に

ブログの更新もずいぶん久しぶりになってしまいました。
その間mixiで日記は書いていましたが、それだけでは
いけないのではないかと、新年を迎えて思うように
なりました。何のために書くのか?

このブログを続ける理由はいっぱいありますが、
原点はジョン太です。ジョン太に読んでほしいから
始めたことです。初心に帰ります。

ジョン太に読んでほしいことをmixiに書いても
しょうがない。だからまずはそれをこのブログにも
掲載します。そこからここは再スタートしようと思います。

ジョン太に読んでほしいのは、年末ジョン太が韓国に
行ったときのこと。そのとき私がどう思い、どうしたか。

気持ちを伝えるのは難しいね。
言葉で話すのはうまく言えないから、ここに書くよ。

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2008.09.14

summer greetings 2008

今年の残暑見舞いはがきについて。
今回私がやりたかったのは、家族4人それぞれの
全身が写った写真を載せたいということでした。
それと夏らしいデザインになるよう心掛けました。

ユースケとシュンヤは平尾台で撮った写真、私と
ジョン太は北九州市立美術館アネックスで撮った
写真を採用しました。子どもたちは元気いっぱい
アウトドア、大人たちはちょっとすましてインドアで
楽しむという感じでしょうか。夏らしい写真です。

本当はそれぞれの場所で4人分撮ったのですが、
そこはそれ、はがきサイズなのでスペースの都合上、
1人1ロケーションとなりました。
※当初、4人分×2ロケーションで作ってみたのですが、
なにしろ全身が写った写真なので、小さくなりすぎて
全面変更しました(ジョン太からダメ出しが出たのはコレ)。

というわけで、今回採用できなかった写真を2枚公開。
ユースケとシュンヤのインドアバージョンです。

Zansyo1 Zansyo2

全身が写った写真になぜこだわったかというと、
長崎で見た、福山雅治の写真展にたぶん影響を受けたの
だろうと思います。たしかその中で、福山雅治が全身で
写ってる写真があって、かっこいいなあ、ポートレート
っていいなあと思ったのが、きっかけです。

福山雅治という被写体が抜群に良いのは当然ですが、
私がそこで感じたのは、全身で写っている写真というのは、
飾りのない素のままの自分が表現できるような気がした
のです。とかく今は編集で簡単に、好きなように都合の
良いように仕立て上げられる世の中です。だからこそ
全身で写ってる写真が、新鮮に感じられました。

そしてその全身の写真というのは、自分で考える以上に、
何かを見る人に伝えることが出来るような気がしました。
たった1枚の写真ではあるけれど、そこに映し出された
のは、過去を積み重ねて現在に至った自分の姿なので、
顔の表情や全体の雰囲気、ポーズにまで、どんな人生を
歩んできたか表現されているのかもしれないと思いました。

その人の佇まいや人となりまで、もしかしたら、そこに
見つけることができるのかもしれない。頭のてっぺんから
つま先まで隠さないことで、編集でカットしないそのままの
自分たちの姿を届けてみたくて、今回のはがきをつくって
みました。

4人4様の写真、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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