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2004.08.18

祈るということ

「みなさん、世界の方、どうぞ、平和な、一日(いちじつ)も、
平和な日が、訪れますように。ただただみなさん、仲良く、
日々(にちにち)を、過ごさせていただきますように・・」

こうインタビューに答えたのは岡村 迪子(みちこ)さん(95歳)。
終戦記念日の8月15日、戦没者追悼式でのことでした。

その日テレビのニュースでその映像を見ました。
夜、寝るときになぜかその言葉が思い出されました。
頭の中で繰り返すのは「ただただ・・、ただただ・・」と、
そこばかり。なぜこんなに気になってしまうのだろう?
翌日、私はこの岡村 迪子さんのことを調べるために、
ネットの中を駆け回っていました。

岡村さんは東京の日本武道館で行われた「全国戦没者追悼式」に、
遺族の参列者として広島から出席しました。遺族の参列者は
高齢化が進み、「戦没者の母」としては今回ついに岡村さん一人
だけとなりました。岡村さんは今回初めて参列したそうです。
最高齢であり、また唯一の「戦没者の母」の参列者として、
インタビューを受けていました。

岡村さんは「戦没者の母」。広島の原爆で2人の子供を亡くした
そうです。長女(当時18歳)は、幼子のいた岡村さんに代わって
爆心地近くの建物の解体作業に行き、そこで被爆、命を奪われ
ました。長男(当時14歳)は近くの学徒動員先で閃光を浴び、
歩いて自宅にたどり着いたが、「お母ちゃん、やっと帰ってきたよ」と
いう言葉を残して息絶えました。
「来年で60年というけれど、私にとっては昨日のような気がします」

ネットを駆け回り、岡村さんについて一通り調べ終えて、
そこでまた立ち止まって考えるのは、やはり冒頭の言葉でした。
どうしてこんなにあの言葉が気になるのだろうか?

腰を曲げ、杖を突き、年老いた「戦没者の母」が訥々と語るのは、
誰をも憎まず、ただただひたすらに平和を願う祈りの言葉でした。
人として、この世の中で一番尊い行為は「祈る」ということだと
思います。冒頭の言葉が胸に迫るのは、だからなのかもしれません。

世界がこの言葉を噛みしめればいいのに。
そうすれば戦争なんてものは無くなるかもしれない。

戦争で犠牲になった人たちの魂が安らかでありますように・・。
岡村さんの祈りが世界中の人たちに届きますように・・。
私も祈ります。

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