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2004年10月の12件の記事

2004.10.31

Happy Halloween !@秋味ぶろぐ

今日はハロウィン

カフェに飾ってあったジャック・オ・ランタンと記念撮影。

"Trick or Treat!"
ジャック・オ・ランタンとぼくにお菓子ちょーだい。

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2004.10.30

祝!ブロードバンド

やっと我が家もブロードバンドになりました。
今まではISDNでした。ADSLにしたいなあと思ってたけど
光収容されてるからできないとNTTから言われあきらめてました。
ところが我が家はブロードバンド対応マンション。
光だったら大丈夫なんです。今まで値段が高いと思って
光ファイバーの導入を見送ってました。でもよく考えると費用的には
そんなに変わらないことが分かり、今回 ISDNから光ファイバーに
乗り換えることにしました。

[月額収支]
フレッツISDNを解約するとマイナス2,940円。
ISDN回線(2,940円)をアナログ回線[プッシュ型](2,246円)に戻すと、
マイナス694円。インターネット回線用に使ってるプロバイダを解約すると
マイナス1,449円。ここまでで合計マイナス5,083円。
光ファイバーにすることでプラス5,040円。レンタルサーバーでプラス263円。
月額収支の総合計はプラス220円。

月々200円程度増えるぐらいなら家計にも負担かけないし、なにより
100Mbpsの光ファイバーは魅力的です。今なら年内無料のキャンペーン中
だったこともあり、乗り換えることに決めました。

さて実際ブロードバンドにすると、なるほど速い。
ISDNの時でもふだん困ることはなかったので、ブロードバンドの
必要性ってあまり感じなかったのですが、考えを改めました。
ふだん使ってる範囲で困らなかっただけで、重いページや動画などは
今まで無意識のうちに避けていたことに気づきました。
ブロードバンドにすることでそういった制限がなくなるのは嬉しいことです。
どんな世界が広がるのかワクワクします。

あと変わったのはパソコンの体感速度。こころなしかサクサク動きます。
それだけインターネットを使った作業が多いということなのでしょうね。

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2004.10.29

誰かのドングリ@秋味ぶろぐ

トトロ?

1年前の写真。紅葉を探しに森に行って、偶然見つけました。
「誰のドングリだろう?」いろいろ想像してしまいました。

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2004.10.28

淡いつながり

我が家宛てに1通のハガキが届きました。
私とジョン太とユースケに宛てられたハガキ。
縁というのは不思議なものだなあと、近況を知らせる
そのハガキを読みながら、しみじみ思ってしまいました。

始まりは3年前の秋。2人の女性と出会うところからです。
出会うといっても、その2人は私の得意先で働いてた女性たち
だったので、顔は以前から知ってました。直接仕事のやり取りは
ないので、普通なら挨拶するだけの関係だったはずです。

きっかけはユースケでした。ちょうどその頃ユースケは生まれて
6ヶ月ぐらい。私も親バカなもので、携帯にユースケの待ち受け
画像を入れてました。彼女たちから「赤ちゃんいるんですよね?」
なんて聞かれたもんだから、喜んで携帯を取り出し、ユースケの写真を
見せてあげました。「かわいい!」なんて言うもんだから、つい調子に
乗って、「じゃ見に来ます?」なんて冗談を言ってしまいました。
そしたらなんと「え!いいんですか?じゃ行きますー」という意外な展開。
2人とも独身で、私よりも10歳以上若い彼女たち。それまでほとんど
しゃべったことのない彼女らを、なぜか我が家に招くことになりました。

「うちに遊びに来たいって言ってる得意先の女の子がいるんだけど・・」
そうジョン太に切り出したけど、とっても話しづらかったのを覚えています。
だいたい変でしょ?会社の女の子ならまだ分かるけど、得意先の女の子が、
ユースケを見たいから遊びに来るなんて。私だって信じられない話です。

心配したものの、いざその日がやってくると、とても楽しい時間を過ごす
ことができました。明るい彼女たちとジョン太はすぐに仲良くなり、
おしゃべりしたり、ユースケを抱っこしてみたり、写真を見たり・・。
「今度は一緒にピザを作ろう~」と、ジョン太と彼女たちは次の約束を
したようでした。そうして彼女たちと我が家の付き合いは始まったのです。

その年のクリスマスに手作りのピザパーティ。そしてユースケの誕生日
祝いを兼ねたひな祭りパーティなど何度か集まって楽しく過ごしました。

その後、彼女たちは会社を辞めたので、仕事で会うこともなくなりました。
一人はこの場所を離れ、一人はこの場所に残り、それぞれ別の道を
歩き始めたので、以前のように我が家に遊びに来る機会もなくなりました。
でも年賀状や暑中見舞いのやり取りは今でも続いています。
たまにメールが届くこともあります。

この前、彼女のうちの一人が、たまたま私たちを見かけたらしく、
車のクラクションをプップッと鳴らしてくれました。車の中から
一生懸命手を振る姿がとても印象的でした。

彼女たちに会うたびに、そしてメールやハガキを読むたびに、
ふんわりと温かい気持ちになれます。友達とさえも呼べないような
淡いつながりだけど、この関係を大切にしていきたいと思ってます。
ほっとけば簡単に消えてしまいそうなつながり。
でも純粋にお互いの好意だけで成り立ってるつながり。
だからこそいつまでも大切にしたい。そう思えるのです。

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2004.10.26

旅先にて@秋味ぶろぐ

ススキと出会う秋

旅先でふと気づいて撮った写真。
緑の斜面、白いススキが広がる景色。
デジカメ持たずに来たので携帯でパチリ。

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2004.10.21

書きたいことはいっぱいあって

日々忙しく過ごしております。
そろそろ年末に向けて仕事も忙しくなってるし、今月は週末に
出掛けることも多く、なかなか落ち着きません。

書きたいことはいっぱいあって、まず10月の初めに長崎に行ったこと。
友達の結婚式でジョン太が長崎に行くというので、それに便乗して
行くことになり、私も大学の友達と久しぶりに会って飲むことができました。

長崎から帰る途中、佐賀にも寄りました。ジョン太の実家が佐賀なんです。
早めに撮ったユースケの七五三の写真を届けに行きました。

その翌週、今度は大分に行きました。私の実家が大分なんです。
ちょうどジョン太の妹さんが、友達の結婚式で大分に行くというので、
私の実家に泊まっていけば?という話になり、私たちも一緒に大分に
行くことにしました。そしてやっぱり七五三の写真を届けてきました。

そしてイベントにも出掛けました。「西日本国際食品見本市」。
2年に1度開催されるイベントで、我が家はこれを楽しみにしています。
なにしろ試食が食べ放題、飲み放題。世界から集まった食品をつまみ食い
するのはなんとも幸せな気分です。4年前に書いた日記があるのでそちらを
紹介しておきます。 2000年10月12日の日記 「国際食品試食市」

かと思えば、ジョン太が10何年ぶりにペーパードライバーを返上するという
ことで、ペーパードライバー教習へ通うことに。その1回目、なんとジョン太の
運転する教習車に、教官と一緒に私も同乗させてもらいました。自動車学校
まで送ったので、ついでにジョン太の教習でも見ようと思ってました。
どうせなら後部座席で見たいなあとか言ってたら、なんとOKもらっちゃいました。
1台の車に教官とペーパードライバーの女性、そしてその夫。あの車の中は、
たぶんすごく不思議なシチュエーションだったと思われます。

それ以外にも読んだ本や新聞記事など、書きたいことはいっぱいあって、
これから少しずつ書き進めたいと思っています。とりあえず近況まで。

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2004.10.11

3年前の秋@秋味ぶろぐ

記念撮影

秋といって、まっさきに思い出したのが3年前の写真。
ユースケ9ヶ月。近くの山に行き、記念撮影しました。
もう一度ここで撮ってみようかな?

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2004.10.06

コスモスとオルゴール(後編)

3年前に書いた日記。
(以下原文そのまま)

2001年10月6日の日記
「コスモスとオルゴール(後編)」

[プロポーズ篇]

私が思い描いたのは、コスモスが咲き乱れる能古島で、
彼女の誕生日プレゼントに「カノン」のオルゴールを渡して
プロポーズすることだった。オルゴールは準備したし、
能古島のコスモスは9月下旬から10月上旬が見頃だから、
10月6日の彼女の誕生日前には絶好のプロポーズ日和となる。
これ以上のシチュエーションがあるだろうかと、私はひとり悦に
入っていた。しかし、現実は思ったようにはいかないものだ。

2年前の9月24日、台風18号が九州各地に壊滅的な
ダメージを与えた。新聞の「コスモスだより」はそれまで
「3分咲き」だったのが、翌日には「つぼみ」に戻っていた。
暴風雨がコスモスをなぎ倒してしまったのだ。
うひゃあ。プロポーズする日まであと1週間ぐらいなのに。
私は祈るような思いで、新聞の「コスモスだより」を
毎日チェックするしかなかった。

「見頃」になるはずだったコスモスは、なんとか「3分咲き」まで
回復してくれた。考えていたシチュエーションとはちょっと違うけど、
今さら計画を変更できない。なんとしてでもプロポーズするのだ。
プロポーズする日は10月3日の日曜日。彼女の誕生日前の週末だ。

そしてその週末はあいにくの天気となった。前日の土曜日には
彼女から「ねえ、ほんとに能古島行くの?明日は雨だよ」と
言われてしまった。確かに明日の天気予報は曇り時々雨。
考えていたシチュエーションとはちょっと違うけど、今さら計画を
変更できない。なんとしてでもプロポーズしなければ。

プロポーズ当日。ぐずつく天気をにらみながら、能古島にやってきた。
雨はまだ降ってなかったけど、今にも降りそうな曇り空だった。
コスモスが一面に広がっているはずだった花畑は、まだ台風18号の
影響でところどころなぎ倒されたまま、花も実際には1分咲き程度に
見えた。コスモス畑のある丘で、海を見ながら、彼女がつくってくれた
お弁当を一緒に食べた。本当なら今ごろはコスモスを見に来る
観光客でいっぱいなのだろうが、やはり見頃ではないために、
能古島を訪れる人はまだ少ないようにみえた。
私たちもまた場違いな観光客だった。

いつプロポーズするか、私はそのタイミングを考えていた。
なかなか言い出せず、島を散策するうちにとうとう雨が降ってきた。
土砂降りだった。

土産物屋で雨宿りしながら、軒先のコスモスを見ていた。
今日はもうプロポーズできないかもしれない。
でも今日しなければ、彼女の誕生日を過ぎてしまう。
途方に暮れながら、雨に打たれるコスモスを見ていた。
彼女も心なしか悲しそうに見える。
(というよりはこの強引な能古島行きに合点がいかないみたい)

しばらくすると小雨になり、また散策ができそうな天気になった。
土産物屋の人が大きなパラソルを貸してくれた。
ゴルフのときに使いそうな赤と白と青の3色のパラソル。
私たちは礼を言ってまた散策に出かけた。
途中、いろんな花を見たり、うさぎと一緒に遊んだりしたが、
どこで言おうかそればかりが気になり、あまり楽しむことはできなかった。

そしてまた海の見える丘に来て、マットを敷いて2人で座った。
小雨がちょっと降っていたので、借りた大きな3色パラソルを
2人の後ろに立てかけた。目の前にはコスモス畑があり、
満開には程遠かったが、それでもコスモスは咲いている。
そこから先は海が広がり、空が大きく見える。
気がつけば雨は止み、晴れ間からいく筋かの光が射してきた。
周りを見ると私たちのいる丘には他に誰もいなかった。
いくらまだ観光客が少ないとはいえ、この丘に誰もいない瞬間が
あるなんて考えられないことだった。小さな奇跡というものがあると
すれば、それはきっとこんな状況のことをいうのだろう。
私はここでプロポーズすることにした。

オルゴールを彼女に手渡し、開けてみると「カノン」が流れてきた。
彼女もそれを聞いて、あのとき一緒に見た映画の曲だと分かってくれた。
私は嬉しくなり彼女にプロポーズした。
「結婚しよう」。
彼女から返ってきた答えは「イや~」 だった・・。

ずるっ。なんだそりゃ。
でもそう言った彼女の顔がとても嬉しそうだった。
もう一度、結婚しようと言うと今度はうなずいてくれた。
そしてまた2人でオルゴールを聞いた。
「カノン」のオルゴール以外は何も聞こえない世界。
あの時のあの場所は、確かに2人の為だけにあった。

あのとき感じたことは「おおむね良好」という言葉だった。
コスモスはほとんど咲いてなくて、途中で土砂降りになったりと
コンディションは最悪だったが、プロポーズは最高の瞬間にすることが
できた。プロポーズしてからは結婚準備に邁進することになるのだが、
何か問題があるたびに感じたのも「おおむね良好」という言葉だった。
そしてあれから2年が過ぎ、私たちは結婚して子供もできた。
「おおむね良好」という意味の「Mostly Good」という言葉は、
結婚指輪に刻み込まれ、今でも私たちと一緒にある。

10月6日は彼女の誕生日。あの頃のドタバタを懐かしく思い出す。
心から誕生日おめでとうを言いたい。

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2004.10.05

コスモスとオルゴール(中編)

3年前に書いた日記。
(以下原文そのまま)

2001年10月5日の日記
「コスモスとオルゴール(中編)」

[オルゴール篇]

「カノン」というクラシックの曲がある。
心が落ち着くような優しいメロディで、オルゴールの定番
にもなっている。「カノン」は私たちをつなぐ大切な曲となった。

始まりはある映画だった。
プロポーズする半年前のこと、私たちはその映画を見た。
正確に言えば、ビデオを借りて家で見たのだが、その時私は
どうしても彼女とその映画を見たかったのだ。ちょうどその頃、
私たちは2人の今後について考える時期に差し掛かっていた。
何らかの意思表示をしなければならない。
私はその映画に想いを託した。

それは名作と呼ばれるものではないが、私にとっては特別な
映画だった。その映画の中に老夫婦のエピソードがあり、
それを彼女に見てもらいたかった。お互いガンに侵された
老夫婦が、最後の面会をするのだが、そのときお爺さんが
お婆さんにぽつりぽつりとこんなことを言うのだ。
「……お前と出会えた、この人生に……感謝するよ。……」
これが私の結婚観だった。こんなふうに言える人生を送りたいし、
こんなふうに言われる人生を送りたい。私は彼女にこう言った。
「あんなふうなお爺さんとお婆さんになりたい」と。
これがある意味、私のプレ・プロポーズだった。
そして半年後の彼女の誕生日までにプロポーズすることを、
彼女に告げた。

老夫婦のエピソードに印象的に使われていたのが、
「カノン」のオルゴールだった。私は彼女の誕生日に「カノン」の
オルゴールをプレゼントしたいと密かに思った。
きっと喜ぶだろう。そしてプロポーズをするのだ。
私は「カノン」のオルゴールを探した。

デパートなどを回るがなかなか見つからなかった。
おもちゃのようなものならあるが、私が探していたのは
木製の箱に収められたいわゆる普通のオルゴールで、
それがなかなか見つからない。いろいろ問い合わせた結果、
大宰府のオルゴール館にあることが分かり、休みを利用して
そこまで出掛けた。お店の人は親切にいろいろとオルゴールに
ついて教えてくれた。そして「カノン」のオルゴール。台の上に置き、
そっとオルゴールの箱を開き、流れ始めたその音を聞いた時、
「ああ、私が探していたのはこれだったんだ」と思わずには
いられなかった。それほどにやさしい音色だった。私が買ったのは
スイスのリュージュ社製36弁ムーブメントのオルゴール。
あのとき見た映画の中のオルゴールの音が聞こえる。

(おまけ)このオルゴールはその後、彼女の出産直後に
また2人で聞くことになる。出産当日にオルゴールを
持ち込もうとしたが見つからず、おかしいなと思っていたら
彼女も同じことを考えていたらしく、先に彼女が持ち込んで
いたことが分かった。出産直後の分娩室で、2人っきりで
「カノン」のオルゴールを聞いた。
我が家の歴史は「カノン」とともにある。

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2004.10.04

コスモスとオルゴール(前編)

3年前に書いた日記。
(以下原文そのまま)

2001年10月4日の日記
「コスモスとオルゴール(前編)」

2年前の秋、私は彼女にプロポーズした。
新聞の「コスモスだより」を見るたびに、あの頃のことを
懐かしく思い出す・・。

2年前の9月の終わり、私は新聞の「コスモスだより」という
コスモスの各地の開花状況を知らせる小さな欄を毎日チェック
していた。私が見ていたのは、能古島(のこのしま)のコスモスの
開花状況だ。能古島は福岡にあり、1年を通して季節の花が
楽しめる島である。島とはいえ、フェリーで10分と比較的近く、
福岡の中心地からもそれほど離れてはいない。ここはコスモスの
名所として知られている。
私はもう一度ここで彼女とコスモスを見たかったのだ。


[コスモス篇]

話はそれからさらに1年前にさかのぼる。
当時私たちは知り合って2か月が過ぎていた。知り合ってからは
週末になるたびに、お互いの家を行き来する生活を送っていた。
車を持っていなかった私たちは、どこかに遊びに出かける時は
電車かバス、または徒歩という今どきの学生でもやらないような
交際をしていた。当然、行動範囲は狭い。そんな私たちが立てた
初めての計画が、能古島にコスモスを見に行くことだった。とはいえ、
彼女の住んでたところから1時間そこらの場所なので、小旅行とさえ
呼べないものかもしれない。それでも船に乗って島に行くのだ。
気分はすっかり小旅行だった。

それまでの私は、彼女とのことを強く意識したことはなかった。
毎週会うことがあまりにも自然なことに思えていたから、
付き合っているという自覚さえ薄かったのかもしれない。
しかし能古島に着き、一面に広がるコスモスの花畑を見ながら、
2人で歩いているうちに、ふいにこんなふうに思っている自分に
気が付いた。「来年もまたここに来て、2人でコスモスを見たいな」と。
2人の将来について初めて考えるようになった場所がここだったのだ。

この日、私たちは初めて記念撮影をした。
私たち2人の姿が写った最初の記念すべき写真。
それまでは写真なんていらないと思っていた。
だけど、このとき初めて、形に残るものが欲しいと思った。
記録に残したいと思い始めたのは、彼女が大切な存在に
なったせいかもしれない。
それから1年後、私はここで彼女にプロポーズすることになる。

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2004.10.03

「コスモスとオルゴール」について

ジョン太の誕生日がもうすぐです。
3年前に書いた日記を思い出しました。
誕生日に間に合わせようと3日連続で書いた日記。
それが「コスモスとオルゴール」。プロポーズの話です。

日記を読み返すと、あの頃のことをはっきりと思い出す
ことができます。どうして結婚することにしたのか?
日々に流され、当たり前すぎて忘れてしまいそうに
なるけど、本当はとても大切なことなのだと思います。

あの頃を思い出して、明日から3日連続で
当時の日記を再掲載したいと思います。

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2004.10.02

109226件中 5件目

私が書いたあのいーかげんな記事がYahoo!の検索に
引っかかってしまうらしい。

今、話題のあの人の名前を検索すると10万件以上
ヒットする中で、なんと5件目!にあの記事が出てきた。

なんだか分からないけどすみません。
とりあえず謝っておこう。

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