« 2004年10月 | トップページ | 2004年12月 »

2004年11月の6件の記事

2004.11.30

花を見送る@秋味ぶろぐ

なにやら楽しそう

今日で秋味ぶろぐはおしまいです。
私からの最後のエントリーはこの写真に決めました。
先月実家に行った時のこと。家の回りにはコスモスが
咲いていました。おばあちゃんとユースケが、
コスモスの花びらを小川に浮かべて遊んでいます。
なんだか微笑ましくて私はその様子をしばらく眺めていました。

秋味ぶろぐに参加して思ったのは、秋とはこんなに
豊かな表情を持った季節だったのだなあということでした。
特に草花や木々の姿はとても鮮やか。
秋の初めと半ば、そして終わりではその表情はまったく
違っていました。打ち合わせをしたわけでもないのに、
その時期がくれば自分の出番を待っていたかのように、
いっせいに咲き誇る草花や木々の彩り。自然の不思議さを
感じずにはいられませんでした。

秋は花を見送る季節。これから寒い冬がやってきます。
しばらくは鮮やかな季節ともお別れです。
来年の秋、また会えたらいいですね。
おじいちゃんやおばあちゃんが待つ家に、
私たちは来年また遊びに行こうと思ってます。
コスモスの花びらを小川に浮かべるのを楽しみに・・。

| | コメント (8) | トラックバック (19)

2004.11.29

本やら映画やら

秋の夜長にまかせて読書に励んでおります。
ここ最近で4冊。奥田英朗の「イン・ザ・プール」と「空中ブランコ」。
伊坂幸太郎の「重力ピエロ」。吉田修一の「日曜日たち」。
次はハリー・ポッターの最新巻を読む予定です。

買ったまま読んでない本がまだまだあります。
読みたくなった時が一気に読むチャンスなので、
もうしばらくハマルつもりです。

三谷幸喜のDVDも見ています。
「オケピ!」「バッド・ニュース☆グッド・タイミング」
「You Are The Top 今宵の君」。
次は「マトリョーシカ」を見る予定です。

映画館にも行ってます。この間はメンズデーも利用しました。
最近見たのは「ハウルの動く城」「隠し剣 鬼の爪」。
次は「Mr.インクレディブル」を見る予定です。

あれやこれや読みたいもの、見たいものがたくさんあって
今年の秋はなかなか充実しております。
面白かったものはいずれ感想も書きたいと思っています。

みなさんはこの秋どんな本や映画を見ましたか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.11.22

秋の庭園@秋味ぶろぐ

こんな秋も好きです

1年前の写真。山口県長府に紅葉散策の途中で寄り道。
長府は城下町なのでこんな庭園もありました。
縁側に座ると妙に落ち着くのはやっぱり日本人だからでしょうか?

| | コメント (13) | トラックバック (20)

2004.11.20

スタンド・バイ・ミー

言葉は命である。
哲学者の池田晶子は、著書「あたりまえなことばかり」で書いてます。

 死の床にある人、絶望の底にある人を救うことができるのは、
 医療ではなくて言葉である。宗教ではなくて、言葉である。

この文章を読んだときの衝撃を忘れることができません。
なんて力強い言葉なのだろうか。人が人らしく生きるために
必要なのは医療や宗教ではなくて、言葉であると気づきました。

こんなことを書くのは、11月10日付の読売新聞の「余命 輝いて生きる」の
連載第2回「傾聴で孤独感軽く」という記事を読んだからです。

ここでは末期がん患者のための傾聴ボランティアが紹介されています。
そういうボランティアがあると初めて知りました。傾聴とは、相手に寄り添って
話を聴くこと。ただ聴くだけのボランティア・・。なんだ簡単じゃないかと
思ってはいけません。この人たちは聴くことのプロです。
傾聴で大切なポイントは3つ。
1.自分の意見を言わない。2.同じ目線で接する。3.相手の話を遮らない。
「相手に近づき、話に共感しようとする努力が大切」 なのだそうです。

末期がん患者にとって、自分の話を聴いてもらえることは、孤独や不安を
やわらげる何よりの薬になるでしょう。そのときに必要なのは、意見や
批評ではなく、肯定なのだと思います。末期がん患者の話を受け止めて、
受け入れる。それはすなわち、その人の人生を認めてあげること。
それが傾聴ボランティアの本質だと思います。

嬉しかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、つらかったこと。
誰の人生にもドラマはある。普通の人の、でもその人だけの生き様を
誰かが聴いてあげること。そして覚えてあげること。それはきっと意味の
あることだと思うのです。なぜなら言葉は命だから。言葉を受け止めて
あげることは、その人の命を受け止めてあげることと同じです。
それが傾聴ボランティアの仕事なのだと思いました。
相手に寄り添って聴くだけ。ただそれだけで人は救われます。

ベン・E・キングの歌をふと思い出しました。
「スタンド・バイ・ミー」には確かこんな意味の歌詞が出てきます。

「暗くなって月の光しかなくても君がいるなら、恐くないよ」
「君がそばに寄り添ってくれるだけで僕は強くなれるんだ」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2004.11.09

赤い実何の実?@秋味ぶろぐ

何の実なのでしょう?

2年前クリスマスにもらったコンテナガーデンの中に、
赤い実のついたかわいい木がありました。
以来、秋が深まると緑の実が赤く色づくのを楽しんでます。
今年も真っ赤になりました。

| | コメント (4) | トラックバック (4)

2004.11.06

車椅子バスケット大会

先日行われた第2回北九州チャンピオンズカップ
国際車椅子バスケットボール大会
に行ってきました。

これで車椅子バスケットボールの試合を見るのは2回目です。
初めて見たのは2年前の2002年世界車椅子バスケット
ボール選手権大会
。世界大会が北九州で開催される!
と知って、よく分からないまま見に行きました。4年に1度の
世界大会でこのときは男子12カ国、女子8カ国が参加しました。

スピードの速さ、動きの激しさ、自分で起き上がろうとする強さ、
そして起き上がれないとき手を貸してあげる優しさ。
一度見て、車椅子バスケにハマってしまいました。

それともうひとつ。福祉先進都市を目指す北九州市と市民の取り組み。
多くのボランティアの人たちの姿に感動しました。市民自らの手で
この大会を支え、盛り上げようという意気込みが伝わってきました。
観客という立場でしたが、その場に居合わせることができたことを
誇らしく思えました。

その世界大会がきっかけとなって翌年から北九州チャンピオンズカップ
国際車椅子バスケットボール大会が創設されました。今年は第2回大会。
男子4カ国(日本・韓国・オランダ・カナダ)が参加しました。
やっぱり面白い!というのが見た感想です。

障害者のスポーツなどと思ってあなどるのは間違いです。
車椅子バスケは純然たるスポーツです。サッカーが手を使わないという
ルールがあるように、車椅子バスケは車椅子を使うというルールがあります。
そもそもスポーツというのは何かしら規則や制限があるものです。
その中でいかに競うのかが面白いのだと思います。
そう考えれば車椅子バスケは、車椅子を使わねばならない人たちがする
スポーツではなく、車椅子という道具を使ったスポーツだと捉えることが
できます。障害者だとか健常者だとか、そんなことは関係ありません。
私もやってみたいのですが、ふだん車椅子を使う人たちには敵いません。
腕の太さが違う。ある意味選ばれた人たちのスポーツです。

車椅子バスケはかなり高度な技術が必要だと今回見て気づきました。
車椅子は手でコントロールしなければならない。それがどんなに難しいことか!
パスを受けるときの基本は片手です。両手だとスピードを出していれば
ブレーキできず前につっこんでしまいます。片手で受け、片手で車椅子を
コントロールする。普通のバスケより高度な技術が求められます。
シュートを打つときは両手を使うから、その間は車椅子のコントロールが
効きません。動く車椅子からのシュート。一歩間違えれば前にいる相手に
激突してしまいます。見てるこちらはドキドキハラハラ。実際よくぶつかり、
ころびます。その激しさはまるで格闘技のよう。迫力あります。かと思えば、
するりと華麗にシュートを決めたり。胸がすっとするような気持ち良さです。

試合を見てるとなんだか胸に込み上げてくるものがありました。
倒れても自分で起き上がろうとする強さ。そして起き上がれないとき、
相手チームであっても手を貸してあげるスポーツマンシップ。
そんな姿を見てると、勇気や元気が湧いてきます。会場には車椅子の
お客さんもたくさんいました。きっと私以上に勇気づけられたことでしょう。

私たちは車椅子バスケをこれからも応援します。

シュート!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年10月 | トップページ | 2004年12月 »