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2004年12月の9件の記事

2004.12.30

よいお年を。

今年も残すところあと1日。
我が家は今日から実家の大分に帰省します。
実家でココは見ますが、思うように更新やコメントできないかも
しれないので、ひとまず年末の挨拶をさせていただきます。

blogを始めて1年とちょっと。毎日更新されてる方とは比較に
ならないけど、以前の日記に比べればけっこういろんな記事が
書けたのではないかと思ってます。内容の濃い充実した1年でした。
そしてblogを通じていろんな人と知り合えたこと。
TBしたりされたり、コメントしたりされたり。
毎日の生活が新鮮に感じられ、楽しく過ごすことができました。
ここまで続けてこられたのもみなさんのおかげです。
来年もよろしくお願いいたします。
それではよいお年を。

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2004.12.29

年賀状のアイデア@越冬ぶろぐ

2004年賀状

来年(2005年)の年賀状はまだお見せできませんので
今年(2004年)の年賀状のデザインです。

「Photo diary」とタイトルを付けました。
1年間の出来事を写真で綴ってみようという試みです。
ただ写真が多くなるとうるさく感じられるので、
季節が感じられる小物や風景で統一しました。
そして最後に家族の大きな写真を載せるという構成です。

年賀状を受け取った人が見て楽しいものにしようと思いました。
小物や風景といった間接的な表現なので、想像力を刺激する
のかもしれません。この年賀状は好評でした。

1年間の出来事を表わすキーワード的な写真なので
そこから話題がふくらみ、久しぶりの友達とも会話が
はずんだりして、私たちにとっても、楽しい年賀状となりました。

さて今年も残りわずか。
遅くなったけど、ようやく年賀状を投函することができました。
1年のやるべきことを終えた気分です。

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2004.12.28

青いトピアリー@越冬ぶろぐ

デパートの前にて

ライトアップされた夜の街を散策。
クマとウサギのトピアリーを見つけました。
夜はキラキラ輝くものでいっぱい。

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2004.12.24

サウンド・オブ・サイレンス

今日はクリスマスイブ。
結婚して初めてのクリスマスイブに書いた日記を
このblogにも再掲載したいと思います。

(以下原文そのまま)
2000年12月24日の日記
「サウンド・オブ・サイレンス」

忘れられないクリスマスの想い出がある。
まだ結婚する前、彼女と知り合って半年、初めてのクリスマスの話だ。

2年前のクリスマスイブ、彼女からクリスマスカードが届いた。
それを手にした私はその時ひどく驚いていた。
なぜなら私たちのクリスマスは先週末に済んでいたと思っていたからだ。

当時私たちは週末ごとにお互いの家を行き来していた。
彼女は博多で、私は小倉だった。新幹線で20分、特急で40分の距離だ。
私が彼女の家に遊びに行くと、その翌週は彼女が私の家を訪ねる。
そんな週末だけのデートを繰り返していた。

その年のクリスマスは平日だった。平日は仕事があるので会うことができない。
私たちは一足早くその前の週末にクリスマスのお祝いをした。
そこで私たちのクリスマスは終わったはずなのだ。
それなのにクリスマスカードが届いている??
そんな話は聞いてなかったのだが・・。

クリスマスイブの日、仕事が終わり、みんなとお酒を飲み、少しだけ
クリスマスのお祝いをして、私が家に帰ったのは午前3時のことだった。
ポストに届いてた彼女からのクリスマスカードを見つけ、部屋で開いてみた。
彼女からのクリスマスカード。それは開くと音楽が流れるカードだった。
しかし・・。そのカードはなぜか音が出なかった。何度も開いたり、閉じたり、
いろいろ試してみたが、カードに取り付けられている装置から音楽が流れる
ことはとうとうなかった。私は酔った頭で考えた。

配達の途中で壊れてしまったのだろうか?それとも彼女が何度も試して
電池切れでも起こしてしまったのだろうか?いずれにしてもカードから
音楽は流れない。そのことをどうやって彼女に伝えたらいいのだろう?

どんなふうに話しても、きっと彼女はがっかりするに違いない。
クリスマスカードを開けると、音楽が流れ出し、それを見て、
私がちょっと驚いたり、喜んだり、そんな姿を想像しながら
そのカードを選んでくれたのなら、壊れて音が鳴らないことを
一体どうやって伝えたらいいのだろうか?電話で話すか?直接会って話すか?
「クリスマスカード届いたよ。ありがとう。でも壊れてて音鳴らなかったよ」
なんて言えるはずがない。私には彼女を傷つけずに話す自信がなかった。

ひとの”思い”は大切にしたい。相手のことを思いやり、してくれたことには、
それをきっちり受けとめたい。いいかげんな返事で傷つけたくはない。
どれだけ嬉しかったか、それをきちんと伝えたい。
どんなふうに話しても上手く伝えられないのなら、
どうやって彼女に伝えたらいいのだろうか?
私はもう一度コートを羽織って外に出た。クリスマスカードを買うために・・。

真夜中コンビニに行き、クリスマスカードを探した。
さすがにクリスマス当日のため、置いてあるクリスマスカードは
売れ残りで、あんまり良いデザインのものはなく、何軒かコンビニをまわり、
ようやく気に入ったクリスマスカードを買うことができた。

私は考えたのだ。話す前に、手紙で先に伝えておけば、きっとショックも
少ないだろうと。ただその年のクリスマス・イブは木曜日、私が家に戻った時
は、すでに金曜日のAM3時だった。土曜日になればまた彼女と会う。
その前になんとしてでも手紙を届けなければいけない。金曜日の朝、郵便局に
出せばその日のうちか、土曜日の午前中には届くだろう。ぎりぎりセーフって
ところだ。そんなわけで私は真夜中クリスマスカードをつくることになった。
その日の朝、クリスマスカードを投函するために・・。

家に戻り、長い時間をかけ、彼女へのクリスマスカードをつくった。
すべて終わったのはAM5時に近かった。
そして出勤までの数時間、私は深い眠りについた。

これが2年前に起こったクリスマスの話の全てだ。
思えば誰かのためにこんなに一生懸命になったことはなかったような気がする。
でもその時の私はなぜかそうせずにはいられなかったのだ。
音の出ないクリスマスカードを手に取った時、そうせずにはいられなかったのだ。


(おまけ)
=- 彼女へのクリスマスカード -====================

クリスマスカードをもらうなんて、生まれてはじめてかもしれません。
クリスマスイブに届きました。

ありがとう。

クリスマスイブは仕事が遅くまであって、あいかわらず忙しい一日でした。
でも会社で買わされたクリスマスケーキが届くと、なんとなくクリスマスっぽ
く感じられるから不思議です。

夜、私が仕事をしていると課長が会社に戻ってきて、自分が頼んだはずのケー
キがないと騒いでいました。食いしん坊の課長のために、結局私のケーキは夜
食となり、会社に残っていたみんなで食べてしまいました。おまけに、これま
た買わされていた生ハムを課長に見つけられてしまい(会社の冷蔵庫に保管し
ていた)、これも差し出す結果となりました。

これだけではみんなお腹がいっぱいにならず、寿司を買い出しに行く人がいた
りと、結局会社でクリスマスパーティ?をしてしまいました。

その後飲みに繰り出し、いま家に帰ってきたところです。時間はAM3:00。

届いたクリスマスカードに感激して返事の手紙を書いています。
残念ながらカードに付いている機械の調子が悪いみたいで、音楽は鳴りません
でした。たぶんクリスマスソングが流れるんじゃないかな?違うかな?

クリスマスカードを手に取り、流れるクリスマスソングを想像しています。
ちょっと遅くなったけど Merry X'mas!
================================

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2004.12.23

星と光@越冬ぶろぐ

Let It Snow !

ああ、すっかり出遅れてしまいました・・。
越冬ぶろぐ初投稿。しかも1年前の写真。
ショッピングモールで行われてた噴水のショー。
フランク・シナトラの「Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow!」の
歌に合わせて噴水が打ち上げられた瞬間です。

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2004.12.22

「ハウル」・・私はこう見た2

「ハウルの動く城」を見て、この映画って「千と千尋の神隠し」に
似てるなと思いました。姉妹のような映画というのが私の印象です。
※以下、見た人を対象に書いています。

何が似てるのかと言えば、話の構成です。
物語には起承転結というものがあります。
物語の導入部にあたる「起」、そこから展開する「承」、結末に向けて
急展開する「転」、そして幕を閉じる「結」という構成です。
この2つの作品では、「起」がどちらも実にあっさりしてる。
千尋もソフィーもいきなり不思議な世界に放り込まれるわけですが、
その理由が希薄です。なぜそんな目にあわないといけないのか?

そして起承転結の「承」が延々と続きます。
「転」と「結」はおまけのような感じです。
え?こんな解決の仕方でいいの?という感じ。映画を見て、
物足りないと感じる人はこれが原因ではないでしょうか?

宮崎駿監督は何が描きたかったのか?それは延々と続く
「承」の部分だろうということが想像できます。
この2つの作品はどちらも「活力」をテーマにした物語です。
どこにでもいる普通の人が不思議な世界に放り込まれて、
そこで生きる力を見つけて輝き始める物語。

「千と千尋の神隠し」以前と以後では、宮崎駿監督の中で何かが
変わったような気がします。主人公のキャラクターの作り方が違います。
以前は主人公自身のキャラクターがとても魅力的でした。
でもこの2つの作品の主人公たちは魅力的とは言い難いものがあります。
どこにでもいる普通の人が環境の変化によって成長していく物語です。
キャラクターの魅力によってぐいぐい引っ張っていくタイプなら面白い
導入部が描けるのでしょうが、この2つの作品ではそれは無理です。
魅力的ではないキャラクターの導入部はばっさり切り捨てるのが良いの
かもしれません。本当に描きたいのはその後の「承」なのですから。

宮崎駿監督がなぜそんなタイプのキャラクターを主人公にしたのか?
理由は分かりませんが、以前の方法論が限界に来たのかもしれません。
「もののけ姫」でその方法論が破綻したような気が私はします。
あの映画ではサンよりもアシタカのほうがキャラクターとしては魅力的でした。
異世界に放り込まれた普通の人間という意味では、サンは千尋やソフィーの
原型なのかもしれません。にもかかわらず以前の方法論で展開したため、
アシタカに比重が移ってしまい、主人公のサンに感情移入しにくい映画に
なってしまったのではないかと感じました。

魅力的なキャラクターが紡ぐ物語より、普通の人の物語を描きたい。
宮崎駿監督はそう考えているように思えます。
現代を生きる人に向けた映画が「千と千尋」と「ハウル」なのでしょう。

「ハウル」を見て私はこう考えました。
ソフィーは呪いをかけられて90歳の老婆になった訳ではない。
90歳の老婆になったという強力な暗示をかけられただけではないか?
ただ、その暗示は肉体的な見た目の変化をもたらすほど強いものだったと。

そして、呪いは解けたのかという疑問。私は呪いは掛かったままだと
思ってます。呪いは掛かったままだけど、それを克服したというのが、
あのエンディングなのだと解釈しています。だからその後のソフィーの
ことを考えれば、気持ちが後ろ向きになったりしたとき、ふっと老婆に戻る
こともあるでしょう。でもソフィーとハウルの2人ならきっと大丈夫。
「ハウルの動く城」とはそんな映画だったのかなと思います。

描きたかったのは「承」の部分だったから、「転」や「結」の部分は
物語を終わらせるためのおまけのようなものだったのでしょうか。
だからあんなにあっさりしてたのだと思います。

この映画を見終わって読み取れるのはまず老いの問題。
気持ちの持ち方で若く生きることができるのだというメッセージを感じます。

そして呪いは掛かったままだと解釈した場合、心に不安を抱えるあらゆる
人たちに生きる希望を与えてくれます。例えば治らない病気と闘っている
人たちにとっては、この映画は特別な意味を持つかもしれません。
気持ちの持ち方で生き方は変わってきます。
この映画はそのことを伝えたかったのではないでしょうか?

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「ハウル」・・私はこう見た

「ハウルの動く城」を見ました。

感想を一言で書くなら「心の呪縛を解き放つ物語」。
わくわくしながら見ることができました。

この映画については分かりにくいとか物足りないとか、そんな感想を
よく目にします。人によって感じ方はそれぞれなのでどんな感想を
もっても間違いではありません。ただ、こんなふうな見方もあるんだなと
思ってくれたら、嬉しいです。※以下、見た人を対象に書いています。

分かりにくいというこの「ハウル」ですが、最大の謎は主人公のソフィーが
呪いによって90歳の老婆にされてしまったはずなのに、話の途中で
ときどき姿が若返ってるように見える点だと思います。恥ずかしながら
途中まで気がつきませんでした。ソフィーが寝ているシーンでは
まるで18歳の少女に戻ったように見えます。あれ?どうして?と
思いながら見ていました。でもよく見ると他のシーンでも同じような
現象が起きてます。ここに注目するとこの映画は俄然面白くなります。

若返る現象には共通点があります。どんな時に若返っているのか?
それは例えば、何か事件が起こっている時。他にも、前向きに
考えている時だったり、寝てる時や、そして恋をしてる時も・・。
これらに共通するのは何だろう?

私はこんなふうに考えました。
ソフィーは呪いをかけられて90歳の老婆になった訳ではない。
90歳の老婆になったという強力な暗示をかけられただけではないか?
ただ、その暗示は肉体的な見た目の変化をもたらすほど強いものだったと。

寝ている無意識の時に元の姿に戻るのはそういう理由だと考えました。
同様に、何か事件が起こっている時は、強力な暗示を忘れるほど事件に
集中しているから、背筋が伸びてしゃんと立てるのかもしれない。
前向きな考えは老いを退けるだろうし、恋をすれば気持ちが若くなる。
つまりソフィーの見た目の変化は、そのまま心のバロメーターなのです。

映画の持つ最大の魅力は「動き」です。
「動き」に魅力のない映画は、ある意味つまらない作品だと言えます。
そういう意味では、心の変化をこれだけ視覚化した作品は
それだけでもう十分楽しい映画です。ころころ変わるその姿に、
その「動き」に単純にわくわくさせられました。
「ハウルの動く城」・・私はこんなふうに楽しみました。

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2004.12.14

映評したいな

「ハウルの動く城」を見て感想を書きたいと思ったのですが、
そこでふと考えてしまいました。

これまでにも「ビッグ・フィッシュ」「父と暮せば」という2本の
映画を見た感想を書きました。本当は他にも見てるけど、
私はいいなと思った映画のことしか書きたくない主義なので
(つまらなかった感想を読むのは嫌じゃないですか?)、
感想を書ける映画は当然限られてきます。
だけど映画の感想をなかなか書けない理由は
それだけじゃないことに気づきました。

面倒なんです。とっても。
映画のあらすじを書いて、感想を書いてという作業が。
そして、ネタバレにならないように気をつけながら
書かないといけないという制約が。

本当に書きたいのはその先のことだと思うんです。
例えるなら、友達と一緒に見に行った後、喫茶店で
お茶を飲みながら、さっき見た映画の感想をあ~だ
こ~だとおしゃべりする楽しさがそれに近いでしょうか?

あらすじなんて必要ないし、ネタバレなんかも気にする必要なし。
あのシーン良かったねとか、あれはこんな意味だったのかな?とか、
他の人の意見を聞くのも楽しいものです。

私は学生時代、映画研究会に所属していました。
映研の主な活動は自主映画を撮ったり、劇場で映画を見ること。
その中で映評というのがありました。週に一度の例会で
見た映画の映評をします。同じ映画を見た人たち同士で
グループをつくり、その中で一人ずつ感想を述べるのですが、
いろんな意見や感想が出て、興味深かったのを覚えています。
面白くなかったと思った映画も、視点を変えれば意外な発見が
あったりして、全てに同意するわけではないけど、自分だけでは
決して気がつかなかったことなど多くありました。
あの頃の映評をふと思い出してしまいました。

blogでも同じことができるんじゃないかな?と考えました。
記事でつながるTBは、映評に近い感覚のような気がします。
FeedBackなどのblog検索で、映画のタイトルを検索すれば、
他の人の感想を簡単に探して読むこともできます。
だったら、みんながみんなあらすじを書く必要はないと思うし、
TBしたりblogを検索する人は、その映画を見てる人が大半だと
思うので、ネタバレもそんなに気にする必要もないんじゃないかと
思いました。そんなことよりもっと深い話をしたほうが楽しいし、
blogはそういうことに向いてるツールのような気がします。

みんなが見ないような、でもぜひ見てほしいオススメの映画は
今まで通りの書き方を続けていこうと思います。
でもこれからは作品によっては、映評感覚でもっと気軽にもっと深く
書いてみたいとも思うのです。

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2004.12.04

祝!blog1周年

12月4日でblogを始めてちょうど1年経ちました。
blogを知ったのは去年の夏のことです。
blogって何だ?面白そう!と興味を持ったのですが、
当時はblogを始める環境も整っているとは
言い難い状況でした。そして1年前の12月2日、
@niftyがココログというblogサービスを始めたと
知って、すぐに私も始めることにしました。

この1年でblogをめぐる状況は大きく変わりました。
ある程度予想していたとはいえ、ここまで普及するとは
思っていませんでした。まだまだ面白くなりそうです。

私にとっても大きな変化の1年でした。
<桜.BLOG>と出会い、夏っちゃんぶろぐ
秋味ぶろぐ、そして越冬ぶろぐと続く季節blogに
参加しました。そこでいろんな人と出会うことができました。
1年前からは考えられないことです。
この出会いをこれからも大切にしていきます。

blogを始める前はHPで「タオの日記」というのを
書いていました。といっても、ジョン太のHPにゲストで
書かせてもらう形で月に1~2回程度の更新頻度でした。
blogを始めてからは、書きやすいこともあって、更新頻度は
それなりに上がったと思います。それも私にとっては進歩です。
毎日更新というわけにはいかないけど、書きたいことは
いつでもあるので、あとは時間の許す限り、少しずつでも
書き進めていこうと思っています。

これからもよろしくお願いします。

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