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2005.06.06

点景

「さよならは言わない主義」というエントリーを書いた後、
いつからそんなふうに思うようになったのか、
その原点とでもいうべき出来事があったことを思い出しました。
そのときの日記をこのblogにも再掲載します。

(以下原文そのまま)
2001年3月17日の日記
「点景」

得意先でいつもお世話になっている人の義理の母(奥さんのお母さん)が
亡くなったということで、先日そのお葬式に出席した。私の親戚筋ではなく、
会社関係としてお葬式に出るので、故人のことは何も知らない。
お寺に着くまで、亡くなった人の名前も分からないままだったという、
このテイタラクである。

亡くなられた方は高齢だったため、葬儀に参列する人たちもお年寄りが多い。
こういうお葬式というのは正直少しだけホッとする。やはり天寿をまっとうするに
勝るものはない。悲しいことではあるが、それが運命だったと、みんなが素直に
受けとめている雰囲気を、感じることができるからだ。

喪主の挨拶で、故人の生い立ちが語られるのを聞いて、
故人の一生を思い、冥福を祈った。

葬儀が終わり、出棺すると、集まっていた参列者は三々五々散らばってゆく。
その中で、2人のお爺さんが、私の記憶に強く残った。

一人のお爺さんが、もう一人のお爺さんに手を差し出し、
「元気でな!また逢おう」と言い、力強く握手をして別れた。

「ああ、かっこいいな」と私はそのとき思ってしまった。
きっと今の私なら照れて出来ないことだが、いつか気負わずにこんな言葉が
自然に言えたらいいなと思う。友とのつかの間の再会を喜び、そして無事を祈る。
気持ちの良い光景だった。

そしてそう思うと同時に、おそらくはこういった機会にしか再会できない皮肉さに、
しばし思いを寄せて寂しい気持ちにもなった。
春の風がこころなしか強い、そんな午後のことだった。

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