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2005年8月の8件の記事

2005.08.28

美しい橋

minamikawatibasi1

一目見たときから心を奪われてしまいました。
緑の山と優雅な曲線を描く赤い橋のコントラスト。
こんなところにこんなものがあるなんて!

ここは北九州市八幡にある河内貯水池。
せせらぎ広場で水遊びした川はここに注ぎ込みます。
ここに掛かるのが南河内橋。美しい橋です。

minamikawatibasi2

 【南河内橋】
 この橋はレンティキュラートラス 2連からなり、世界的にも
 珍しい構造で、その形状から通称「めがね橋」と呼ばれる。
 円弧状の上弦材・下弦材で魚の形をした、完全に対称な
 二つの橋が繋がっており、S字状の優雅な曲線を湖面に
 描きだしている。

レンティキュラー(レンズ状)トラスの橋は、19世紀中頃に
ヨーロッパで流行りました。しかし国内で架橋されたのは
たった3例であり、現存するのはここだけだそうです。
※詳しくはこちら

河内貯水池は、官営八幡製鉄所の工業用水を確保するため、
1927年に竣工したダム湖。石積みで造られた堰堤を始め、
そのデザインは細部まで工夫されているそうです。
この貯水池および橋を設計したのは、当時の八幡製鉄所
土木部長の沼田尚徳氏。貯水池建設にあたり、機能だけで
なく品格と美をも持たせようとしたと言われています。

今、都市デザインで欠けているのはこういった志では
ないでしょうか。好き勝手に造って景観を損なうのではなく、
トータルに街をデザインする感覚が今こそ求められている
気がします。この古くて今も美しい橋を見ているとなぜか
そんな気になるのです。

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2005.08.21

川で水遊び@夏っちゃん

kawaasobi2005

今年も貯水池そばの「せせらぎ広場」に遊びに行ってきました。
去年も行ったので我が家恒例の行事になりそうです。

川の水は冷たくて気持ち良いし、木陰があって休めるし、
ユースケも喜ぶし、もうずっとここにいてもいいと思うくらい。
ここは手軽な我が家の避暑地です。

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2005.08.20

夏の背中@夏っちゃん

natunosenaka

もうすぐ日が暮れて、夏祭りが始まります。
働くスタッフの背中に夏を感じました。

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2005.08.19

「夕凪の街 桜の国」 こうの史代

ヒロシマをテーマにしたこのマンガは、いろんな
ところで紹介されているので、ご存知の方もきっと
いると思います。今、読み返してみて、やはり私も
この本について書きたいという気持ちを新たにしました。

私がこのマンガについて知ったのは「ダ・ヴィンチ」
1月号の「絶対はずさない!プラチナ本」というコーナーで
紹介されていたからです。「ダ・ヴィンチ」編集部員たちから
こんなふうな見出しで絶賛されていました。

「悲しみに溢れた人生 静謐で美しい人生」
「今も苦しむ人がいることを実感させてくれる静かな傑作」
「ヒロシマの暗部と光、今だからこそ描ける命の転生の物語」
「誰かを喪い、自分は生き残る。そうして今、われわれがある」
「この作品に出会えて本当によかった!」
「語らないことが持つ迫力」
「戦後世代が描き出す美しきヒロシマの物語」

これだけ勧めるのなら読んでみようという気になり、
本屋で探して見つけました。そして読んでみて納得しました。
確かに絶賛されている通りです。

このマンガのことをどんなふうに書けば良いのでしょう。
どんな言葉よりまずは手に取り、読んでみるのが一番です。
でも、それを承知の上であえて書いてみることにします。

わずか100ページ足らずの、この本には難しいことは
なにひとつ書いてません。易しい物語。そして優しい物語。
懐かしさを感じるほのぼのとしたタッチで親しみやすい絵。
時にユーモアを交えながら、微笑ましいその日常に
横たわる原爆の影を描いています。

原爆投下10年後の女性の淡い恋を描く「夕凪の街」
その女性の弟の子どもが主人公となる現代の物語「桜の国」

私たちの国で何が起きたのか、そしてそれは今でも終わって
いないことを、この物語たちは私たちに伝えようとしています。

できるだけ多くの人に読まれるべき物語だと思い、
ここに紹介しました。

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2005.08.18

小倉に長崎の鐘あり

nagasakinokane1

あまり知られていないことですが、
小倉には「長崎の鐘」があります。

小倉城を中心とする勝山公園の中に中央図書館が
あり、その横にひっそりと原爆慰霊平和祈念碑が
立っています。ここに長崎の鐘があります。
私自身でさえ図書館に寄ったついでに、散歩して
偶然気がついたぐらいで、ふだんはあまり目立つ
存在ではありません。

ここで毎年8月9日、原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が
行われています。今年は被爆者や遺族ら約200人が
出席し、犠牲者のめい福と平和を祈ったそうです。
ところで、なぜここに長崎の鐘があるのでしょうか?

平和記念碑前には、こう書かれています。

 昭和20年8月9日は、長崎市に原爆の投下された
 日です。当初、この新型爆弾は、旧小倉陸軍造兵廠が
 あったこの地に投下される予定でした。ところが、
 当日の小倉上空は、雲のため、視界がきかず、
 第二目標の長崎市に投下されたのです。
 戦後、この事実が明らかにされ、北九州市では、
 被爆者の霊を慰め、平和への切実な願いをこめて、
 平和祈念碑を建立しました。

73年に北九州市により平和祈念碑が建てられ、
76年には長崎市から長崎の鐘が贈られたそうです。

長崎に落とされた原爆は、本当は小倉に落ちるはずでした。
※その経緯はこちらが詳しいです。
歴史に"もし"はないけれど、小倉で奪われていたかも
しれない命と、長崎で奪われてしまった命のことを、
どうしても考えずにはいられません。

小倉で行われる平和祈念式典は特別な意味を持つ気がします。
長崎の平和祈念式典は被爆地から犠牲者のめい福と世界に
平和を願うものです。小倉の平和祈念式典は犠牲者のめい福と
平和を祈るのはもちろんですが、被爆地にならなかった者が
長崎に思いを馳せ、尊い犠牲のもとに、今私たちが生きている
ことを確認できる場といえるかもしれません。
それは広島・長崎の当事者以外の日本人大多数が共通する
思いであり、被爆地にならなかった者が行う式典として、
小倉の平和祈念式典はそれを代表するものだと思うし、
もっと注目されても良いと思います。

残念ながら当日は出席できなかったので、
後日、平和祈念碑の前で手を合わせました。
8月の晴れた朝、セミの騒がしい声だけが聞こえます。
60年前も同じような日だったのだろうか?
あの日小倉上空で起こったこと、長崎で起こって
しまったこと、目をつぶりいろんなことに思いを
馳せながら、しばらく黙とうしました。

来年まだここにいるなら、小倉の平和祈念式典で
鳴り響く長崎の鐘を聞いてみよう。
気がつくと、そんなことを考えていました。

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2005.08.15

一番安心なデータ保管とは?

失うものなど何もないと思っていたのは昔のこと。
今一番恐れるのは子どもの成長を撮ったデジカメ写真のデータを失う
ことです。こればっかりはデータが壊れてしまえば2度と戻りません。

ジョン太はアルバムにするため、プリントして整理しようとしてますが、
日々増える写真にはなかなか追いつかないのが現状です。

そこで私も考えました。一番安心なデータ保管方法とは何だろうか?と。
パソコンが壊れたらデータも壊れてしまいます。それを防ぐための
一般的な手段は、DVDにコピーするか、外付けのハードディスクを
増設してバックアップを取るかだと思います。なるほど、これなら安心だ。
たとえパソコンが壊れても大切なデータはコピーしてるから、
手元に残るというわけです。

でも心配性な私はそこでまた考えてしまいました。たしかにデータは
手元に残る。でも手元にあるのは果たして安心なのだろうか?と。
もし災害が起きたら?地震や火事や水害、いつどんなことが我が家に
起きるか分かりません。そうなったらパソコンはもちろん、バックアップ
データだって無事ではないでしょう。ここは信頼できるところに
預けるのが得策といえます。

そこで考えられるのがオンラインストレージサービスです。これは
インターネット上でファイル保管用のディスクスペースを貸し出すサービス。
決められた容量までのデータを預かってくれます。これなら我が家とは
別の場所で預かってもらえるから安心です。しかもデータの出し入れは
ネットで出来るから便利。でも待ってください。ちょっと心配になってきました。
セキュリティは大丈夫かな?きっと大丈夫だと思うけど絶対という保証は
どこにもありません。そしてずっと大容量のデータを預けるとなると、
有料サービスを考えないといけないので、お金が掛かってきます。
でもデータを預けるだけで毎月お金が掛かるのはもったいない気がします。
しかもデジカメの写真データは日々増えていくのです。契約している容量を
越えれば、そこで追加料金がプラスされることになります。
将来のことを考えれば、この選択はあまり現実的ではないかもしれません
(少なくとも我が家では)。

ここまで考えてふとヒラめきました。あるよあるよ!
我が家から離れていて、しかもただでデータを預かってくれる場所が!
どこだと思いますか?

ただいまお盆の帰省中。
続きは戻ってから。

==============================
え~、実家から戻ってきました。
我が家から離れていて、しかもただでデータを預かってくれる場所から
戻ってきました~。今回の帰省の目的のひとつはデジカメの写真データを
DVDにコピーして、実家に預かってもらうことでした。

我が家は小倉。実家は大分。GW・盆・正月の3回帰省する我が家にとって
実家はデータの保管場所として最適です。今後は年に3回データを更新
しようと思います。これぐらいなら、ものぐさな私にもできそうです。
仮にその間に自分のパソコンが壊れた場合、実家にまだ保管されてない
最新の4~5ヶ月分の写真データがなくなるわけですが、それはもう諦める
ことにします。大切なのはやはり古い写真。我が子の最近の写真は
今とそれほど変わらないし、諦めもつきます。もし心配なら、帰省を待たずに、
最新データのDVDを宅急便で送って、預かってもらえば良いだけの話です。

そんなわけで実家にデータを預かってもらったのですが、
ヨシ、ソレナラ!と金庫に入れられてしまいました。
イヤ、ソンナタイソウナモノデハ・・・。
==============================

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2005.08.10

残暑見舞いはがき

この間、暑中はがきの準備で忙しいと書きながら、
今年もまた残暑見舞いはがきになってしまいました。
昨日ようやく完成。ああ・・。

あとはやる気だけ!とか書いておきながら
なかなか作れずにいました。やり始めれば
1~2日で出来るんですけどね。
それがなかなか難しい。

暑中はがきや年賀状のデザインは、ブログとはまた
違う楽しさがあって、やりがいがあるんですよね。
出来上がったときは、思わずガッツポーズして
しまいそうな充実感があります。
今回もなかなか良いですよ。たぶん。

でも申し訳ないのは、門司港駅前の噴水広場の
写真を使ってないことです。暑中はがきに載せるため
さんざんそこで写真撮ってるんです。
ジョン太からは「苦労したのに~」と言われました。
入れようと思ったけど、作りこんでるうちに、
どうにも納まりが悪くて、今回見送ってしまいました。
たまにはこんなこともあります。でもごめんなさい。

このブログを通じて知り合った方で、こちらで住所の
分かる人には、残暑見舞いはがきを送りますので、
楽しみにしてくださいね。

まだまだ暑い日が続きます。体には気をつけて、
この夏をめいっぱい楽しみましょう。

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2005.08.06

天気読み

未来はどうすれば分かるだろうか?
そんなことを考える2つの出来事がありました。
ひとつは夕立にあって困ったこと。
ひとつは同僚が退職すると知ったこと。
未来は本当に分からないのでしょうか?

日曜の夕方、ユースケとコンビニに行きました。
向こうの空が黒くなっていたけど、
その時は気にも留めませんでした。
コンビニを出ると、ポツポツ雨が降り始め、
家までもう少しのところで本降りになり、
とうとう雨宿りせざるをえなくなりました。
始めははしゃいでたユースケも降り止まない雨に
元気がなくなってきました。はしゃいで遊ぶから、
髪の毛や服が濡れてしまい、長時間このままだと
風邪を引いてしまいそうです。

雨がいつ止むのか、天気を読もうとする私。
天気がどうなるかなんて分かるはずもないのに、
一生懸命いろんなことを考えていました。
雲の動き、風の向きや強さ、雨脚など、
知識と経験と勘を総合的に働かせるしかありません。
結局、しばらく雨は止まないと判断して、
小雨になるのを待ち、ユースケを抱えたまま走って
帰りました。その後、また激しく降り出したので、
どうやら判断は正しかったようです。

退職するN君は私より若いけれど、優秀な人材。
管理職になり、重要な得意先を任されて、順調だったのに、
ある日その得意先に問題が起こりました。
その問題はこちらとは関係ないものだったけど、
でもそれがきっかけで、取引がなくなり、課は解散。
N君は一営業に戻ることになりました。
本人の努力とは全く関係ないところで運命が変わるのを
目の当たりにしました。N君は上に立ってこそ本領を
発揮する人物だと思っていたので、早く元に戻ることを
願っていたけど、退職することになり、とても残念です。
ただ、N君もこのままここに留まることと、退職して
新しい道を進むことと、どちらが良いのか必死で考えた
末の結論なのでしょう。N君のこれからの人生が
より良いものであることを願っています。

この2つの出来事、どこか似ていると感じました。
それは本人の意思とは関係のないところで、
運命が決まっていたということです。
私がどう思おうが、天気は決まってただろうし、
N君がどんなに頑張っても、得意先自体の問題は
起きていたことでしょう。

未来に起こる出来事は、起きるべくして起きている。
そんなふうなことを考えてしまいました。
そこに自分が居合わせてるかどうか、
その違いが運命を分けるのでしょうか?

未来を見通せる力があるならば・・
そんなことを考えてしまいました。
未来とはいったい何でしょうか?

環境問題、高齢化社会。これは現実に起きる未来の問題。
でもその原因は過去にあります。私たちの行ないの結果が、
こういった問題を引き起こしているのです。

未来に起こる出来事の大半は、
過去にその原因があるのではないでしょうか?
突然何の理由もなく、何かが起こるわけではなく、
そこには大小なりとも原因があるはずです。
つまり、過去が未来をつくるのです。

それでは未来は変えられないのかといえば、
そうではないと私は思います。

未来とは確定されていない時間であり、
現在とは時間が確定される瞬間で、
過去とは確定された時間の積み重ねのこと。
時間はそうやって流れていきます。

つまり、過去とは現在の積み重ねです。
現在をどのように生きるのかが
とても大切なことだと思います。

より良い過去をつくることが、より良い未来をつくります。
過去は変えることができません。そのために近い未来は
悲しい出来事が待ち構えてるのかもしれません。
でも、現在を生きる私たちはどのように生きるのか、
選択することができます。それがこれからの過去を
良いものにしていき、これからの未来を良い方向に
導いていくのだと信じます。

明るい空のように未来が広がってゆくように。
心からそう願っています。

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