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2006.06.02

溢れる思いと伝わる気持ち

私はあまり他の人のブログを紹介したりはしないのですが、
今回はうずまきノートさんの「uzumaki box」を紹介します。

今、うずまきノートさんは「ナミィと唄えば」という映画の上映会を
成功させようと頑張っています。微力ながらこちらのブログでも、
そのことに触れさせてもらおうと思います。

「ナミィと唄えば」は、6月4日(日)大宰府の九州国立博物館で
ワンデー上映会を行なうそうです。私自身はこの週末、父の
十七回忌のため、実家の大分に帰らねばならず、見に行くことは
できません。また、この映画のことを語るだけの知識もありません。
でも、うずまきノートさんのブログを読んで、興味を持った方は
ぜひ見に行ってください。そして私にも感想を聞かせてください。

6月3日(土)午前7時半放送のNHK「おはようサタデー九州沖縄」で
監督の本橋成一さんのインタビューがあるそうです。こちらは私も
しっかり録画して見ようと思います。

以上、ご紹介。ここからは私のエントリです。

うずまきノートさんの「ナミィと唄えば」関連のエントリを読むと、
いてもたってもいられない気持ちになって、こちらでも採り上げて
みたくなりました。そんな気持ちにさせる、うずまきノートさんの
文章って素晴らしいなと思います。うずまきノートさんの文章の
上手さは読んでもらえば分かります。でもどうしてそんな気持ちに
なるのか?そこで私は、以前自分が書いた「言葉を尽くす」
いうエントリを、ふと思い出しました。ここであらためて書くことは
しませんが、その後、同じことを考えている人を発見しました。
それは作家の高村薫です。さすがプロだけあって、私よりもっと
簡潔な言葉で表現しています。それを今回はご紹介します。

 ものを語るという行為は、言い換えると、自分が言葉で表現しようと
 する対象に向かって精一杯の執念をもって絡みつく行為だと思う。
 まずは何とかして相手に伝えたいという思いがあり、自分に可能な
 限りの言葉を重ねてみる。うまくいかなければ、さらに別の言葉で
 補ってみる。不器用だろうが拙(まず)かろうが、対象に絡みつこうと
 する言葉のダイナミックな運動が起こる。そうやって言葉が外に溢れ
 出していくとき、人はやっと、自分に向かって語られている言葉を
 受け止めるのだと思う。 (「半眼訥訥」~終戦記念日に~より)

まず伝えたい思いがあり、やむにやまれぬ気持ちを抱えて、
何とかそれを表現したいと思う。そんな文章が私は好きです。
そしてその人の気持ちは、きっと読む人にも伝わるはずです。
うずまきノートさんの文章を読んで、あらためてそう感じました。

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コメント

タオさんへ
身に余る光栄です。
お顔も存じませんが、私から溢れ出たものを、受けとめてくださり、いてもたってもいられなくなったとおっしゃるタオさんから再び溢れ放たれる想い。感動的です。伝えたい思いのある人と人との出会いはやはり奥深いものですね
不器用だろうが、拙かろうが、自分に可能な限りのコトバを重ねて…努力をし続けたいと思います。本当にありがとうございました。
映画は、8月よりKBCシネマでもロードショーが
決まりましたので、機会があればぜひ!

お父上の17回忌に心を込めて合掌いたします。

投稿: うずまきノート | 2006.06.02 11:39

私にできることなど本当に気持ち程度のことなのですが、
それでも何かの役に立つかもと思い、ここで採り上げさせて
いただきました。上映会の成功祈ってます。
小さな子どもを抱えての毎日なので、約束はできませんが、
なんとか都合をつけて8月のロードショーは見たいと思っています。
丁寧なコメントありがとうございました。

投稿: タオ | 2006.06.03 00:42

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