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2007年6月の7件の記事

2007.06.26

森林浴@<紫陽花.BLOG>

Sinrinyoku

森の中で見つけた紫陽花で一句。

 あじさいも 木漏れ日受けて 森林浴

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2007.06.20

ジューンブライド@<紫陽花.BLOG>

Junebride

先日撮ったこの紫陽花を見ていて、ジューンブライドという
言葉が頭に浮かびました。6月の花嫁。6月の白い紫陽花。
白いウエディングドレス・・。

紫陽花の花言葉は「移り気」だそうです。誰がそんなことを
決めたのでしょうか。白い紫陽花を見てると、とてもそうとは
思えません。花嫁が白い衣装を身にまとうのはなぜでしょう。
新たな家庭を築くため。新たな色を身にまとうため。
少しずつ色づく。なんだかこの花と似ているような。

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2007.06.18

セルフ父の日

我が家は年に2回、好きなものを買って良い日があります。
ひとつは誕生日。もうひとつはそれぞれの日。子ども達なら
「こどもの日」。妻は「母の日」。私は「父の日」といった具合
です。そう、その父の日が今年もやってきたのです。

好きなものと言ったって、常識の範囲内ですから、そんな
高価なものは買えません。でも今回はあらかじめ決めて
いました。ユースケがこどもの日に買おうとして、結局
買わなかったダーツ。それを今回私が買うことにしました。

我が家には幸いなことに広い屋根裏部屋があり、そこは
格好の遊び場です。ダーツなら子どもも大人も遊べます。
もちろん危なくないようにマグネット製を選びました。
ということで、ダーツに決定。ジョン太の了解も得ました。
父の日にプレゼントをもらうのが普通なのでしょうが、
なんだか待ちきれません。金曜日の仕事帰り、自分で
買うことにしました。ウキウキしながらレジに並ぶ私。
商品を手渡しながら、店員さんにこう付け加えました。
「あ、すみません。プレゼントでお願いします」

家に帰り、「ダーツ買ってきたよ」とジョン太に報告。
「あ、そう」とジョン太。私がプレゼントの包みを渡すと
首をひねりながらも「ありがとう?」とジョン太が言うので、
「ちがうちがう」と私。こっちにちょうだい!という必死の
ジェスチャーがようやく伝わり、なんとかプレゼントを貰う
格好になりました。「ありがとー。開けてもいい?」
自作自演。どこまでもセルフな私でした。

翌朝、ユースケは屋根裏部屋のダーツを発見して大喜び。
週末、一緒になって遊びました。シュンヤも楽しいようで
矢を渡すと、的に向かって一直線に歩き出します。
その微笑ましいことと言ったら(^^)。
しばらく我が家のブームは、ダーツになりそうです。

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2007.06.17

「12歳からの映画ガイド」 佐藤忠男

学生時代、映画研究会に所属していました。
当時私には、映画に関する本で2つの愛読書がありました。

ひとつは「お楽しみはこれからだ」。映画の名セリフを集めた
和田誠の有名な本で、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
映画のロマンチックな面や、楽しさを教えてくれた名著です。
もうひとつは「映画の読みかた」。映画評論家の佐藤忠男が
書いたこれも名著です。※絶版になってるのが残念。
この本は映画の奥深さを教えてくれました。監督が映画に込める
想いを具体的に解説しており、まさに映画の読みかたを教えて
くれるものでした。私に「映画を見る眼」を与えてくれた本で、
今でもとても感謝しています。

さて、先日本屋を歩いていると一冊の本に目が止まりました。
それを手にしたとき、ちょっと動けなくなってしまいました。
感動したからです。その場で思わず買ってしまいました。
その本が「12歳からの映画ガイド」。佐藤忠男の本です。

1930年生まれの佐藤忠男は今年73歳。映画評論家として
確固たる地位も確立した今、好きな映画を見て、好きなことを
書いて悠々自適に暮らしたって、誰も文句は言わないでしょう。
なのに、この人は次の時代を担う子どもたちのために、
自分のできることを精一杯しようとしている。その志に
深く感銘してしまいました。

難しい漢字はルビを振りながら、子どもにもわかる易しい
言葉で、映画の素晴らしさを伝えようとしている。
そしてこの本のサブタイトルは「生き抜く力を学ぶ!」。
子どもたちの将来を思い、人として生きていくための
大切なことを、映画を通して伝えようとしている。

おじいちゃんが孫に語りかけるような優しさを感じます。
この本は映画評論家として生きた佐藤忠男にしか書けない、
次の世代に贈る素敵なプレゼントです。

黒澤明の「生きる」について、この本はこう書いています。

 人が本当に、生きていて良かったと思うのは、世のため
 人のために自分から進んでつくして、いいことができた、
 人々のために役に立てたと思えたときである。
 (中略)
 自分なりに、世のため人のために役に立ちたい、
(主人公の)渡辺勘治氏のようでありたいと思っている。

この本で佐藤忠男はそれを実践しようとしているのでしょう。
これがきっと佐藤忠男の「生きる」なのだと思います。
では、私にとっての「生きる」とはなんなのだろうか。
私にできることを、この本を手に取りながら考えています。

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2007.06.15

海猿きぶん♪

5月27日、門司みなと祭に行ってきました。今回のお目当ては
巡視船「はかた」の一般公開。映画「海猿」に登場してたので、
興味津々です。なんと!そこで本物の潜水士に会えました。さらに
子どもは潜水服を着せてもらって、撮影できると知り、さっそく
ユースケも挑戦してみました。「海猿」に変身!あー、うらやましい。
私も着てみたかった~。

Umizaru

後で知ったのですが、体験航海も募集してたらしいので、
来年もあるなら、今度はクルージングもしてみたいなー。

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2007.06.13

りんごバター

Ringobutter

りんごバターって、ご存知ですか?おいしいですよ。
初めて食べたときは、今まで味わったことがない
体験に感動しました。

りんごバターはパンに塗って食べます。
リッツなどに乗せてもいいかも。

りんご風味のかる~い爽やかな味。例えるなら
りんごのソフトクリームみたいな感じでしょうか。
もちろん冷たくはありませんが(^^;)。

レストランで見つけたので買ってみました。
おすすめです。

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2007.06.11

やさしさの型

最近、江戸しぐさが注目されるようになってきました。その中で
私が面白いと思ったのが「うかつあやまり」。足を踏まれたとき、
踏まれた方も謝るというものです。

足を踏まれたら、踏んだほうが当然謝るべきだと考える自分に
気づいて、ちょっと驚きました。江戸しぐさでは踏まれたほうも
謝るという。その発想がいつのまにか私にはなくなっていました。

足を踏まれて、相手をにらみ、謝るのを待っている自分の顔は、
きっと醜い表情をしていることでしょう。それより、踏まれた自分
のうかつさを謝る「うかつあやまり」は、ずっと大人の対応だと
言えます。自ら一歩引くことで円滑なコミュニケーションを取ろう
とする江戸商人の知恵です。

しかし、これは社会全体が成熟していないと成立しない考え方
です。自分が謝っても相手が謝らないのでは謝り損ではないか、
そう思ってしまいます。交通事故などは、謝ってしまうと過失を
認めたことになるから、謝ってはいけないとよく言われます。
訴訟社会の波が、日本にもすぐそこまで押し寄せてきています。
私たちはどうすべきなのでしょうか?

もう少し素直に謝ろうと、アメリカでは「ソーリー法」と呼ばれる
法律が施行された州もあるそうです。その記事によれば、
交通事故の現場で「アイムソーリー」と謝っても、その言葉を
非を認めた証拠とはしないというもの。「事故を起こしたことを
悔いて謝罪が口をついて出るのは、人間の自然な感情のはず。
裁判で不利にならないよう双方が不機嫌な顔でにらみ合うのは
どうにも窮屈で我慢しがたい」というのが立法趣旨だそうです。
「誠意ある謝罪こそ、訴訟を防ぐ近道」なのだと、
その記事は結んでいます。

日本も将来こんな姿になるのでしょうか?法律で保護されて
やっと謝ることができる社会。なんだか子どもみたいです。
先生に肩を押されて、やっと友達に「ごめんね」と謝るのと
大差ありません。そこで注目したいのが、江戸しぐさの
「うかつあやまり」です。素晴らしい文化だと思います。

そんなものは世界では通用しないよ、と言われそうですが、
世界がいつも正しいとは限りません。「MOTTAINAI」が注目
されたのは、まだ記憶に新しいと思います。世界に誇れる
素晴らしい伝統を私たちは持っているかもしれないのです。

しかし悲しいことに、現代の日本では「うかつあやまり」は通用
しないかもしれません。でも今から子どもたちに教えていけば、
次の世代では当たり前になる可能性だってあります。それには
教育が必要です。みんながみんな同じ行動を取ることができる
なら、譲り合う精神だって生まれるはずです。

やさしさの「型」を、子どもたちにきちんと教える必要があるの
ではないでしょうか?やさしさって、気持ちだろ、うわべだけ
したって意味ないじゃないかと言われそうです。でもやさしさは、
いくら心で思ってたって駄目です。しぐさに現れなければ、
相手に伝わりません。やさしさが失われた今だからこそ、
まずその「型」を覚え、練習するところから始めないと
いけないのではないでしょうか。

サービス業では、朝礼で唱和するところも多いと思います。
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」。当たり前
すぎる言葉なのに、なぜいい大人が毎朝みんなで声を
そろえて繰り返すのでしょうか?それはいざという時、
その言葉が出ないからです。だから練習しているのです。
やさしさだって、きっと同じだろうと思うのです。

最近私が気になってるのは「世界に一つだけの花」が大ヒット
したことで、オンリーワン思想とでもいうべきものが、一人歩き
してしまったことです。「僕は僕らしく」あればいいと、そんな
考えが世の中の主流になっているように思えます。
あまのじゃくな私はどこか引っ掛かるものを感じてたのですが、
ようやくこのことに気づきました。「僕は僕らしく」ある前に、
まず「僕は人らしく」あるべきではないか。

昨今のモラルの低下をもたらしたのは、安易な個性の尊重では
ないかという気がします。人らしくなくて、個性や自由だけ主張
するのは、単なるわがままです。私たちはそんな当たり前の
ことが当たり前じゃない時代を、生きていかなければいけません。

まずは、やさしさの「型」を覚えること。学ぶの語源は
「真似ぶ(まねをする)」だそうです。良いところをどんどん真似
していく。そうやって体に覚えこませるのです。アーティストが
最初から個性的だったわけではありません。最初はみんな
基礎を繰り返す中で、自分の個性を伸ばしていったのです。

やさしさの「型」を繰り返していく中で、自分の持っている
やさしい気持ちを、それに乗せていってください。
きっと相手に伝わるはずです。

そのやさしさはあなただけのオンリーワンです。

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