2008.07.02

おやすみ前の終わらない話

― 2008年5月27日の日記(mixi)より ―

仕事が早く終わった日と、休みの日は、
ユースケを寝かしつけるのは私の役目。

絵本の読み聞かせが終わると、灯りを消します。
暗くはなるけど、すぐに寝てしまうわけでは
ないので、時々おしゃべりもします。
ぽつりぽつりと話す言葉は、普段話せない
ようなことが、素直に出てくることがあって、
そんなときは生意気盛りの小学2年生といえど、
やっぱり子どもなんだなあと、かわいく思えます。

ところが、そんなふうにほのぼのした雰囲気に
ならない夜もあります。そんなときは、
妙に盛り上がっちゃったりなんかして(^^)。

発端は「さよなら」の語源でした。
どういうわけかそんな話になり、私が説明しました。

(私)
 「さよなら」って「左様(さよう)なら」のことでね、
 「左様」っていうのは「そのとおり」とか「そのよう」
  っていう意味。だから「左様なら」というのは、
  今の言葉で言えば「それならば」って感じかな。
(ユースケ)
 「さよなら」が、なんで「それならば」なの?
(私)
  ほら、友達と別れるとき「それじゃまた」とかいうよね。
  あれと同じだよ。「それならば」と「それじゃあ」は
  似てるよね。
(ユースケ)そっかー。

この辺でやめとけばいいものを、さらに話を続ける私。

(私)
  「さよなら」を佐賀弁で言うと何か知ってる?
(ユースケ)
   何?
(私)
  「そいぎんた」
(ユースケ)
  「そいぎんた」って何それー\(^○^)/。

言葉のインパクトに盛り上がる二人。

(私)
  これも語源は「それじゃまた」と同じだと思うんだけどね。
  昔パパの先輩に佐賀の人がいてね、
  その人から教えてもらったんだよ。

なぜか昔話を語りだす私(^^)。

(ユースケ)
  じゃあママも「そいぎんた」って言うの?
(私)
  ママは言わないよ。佐賀の人みんながみんな
  言うわけじゃないよ。方言だからね。
  言う人もいれば言わない人もいる。

今度はユースケが聞き返す。

(ユースケ)
  方言って何?
(私)
  方言ってのはね、その地方でしか話さない言葉。  
  だから北九州弁とか大分弁とかもあるよ。
(ユースケ)
  大分弁ひとつだけでいいから教えて。
(私)
  「よだきい」
(ユースケ)
  「よだきい」って何それー。
(私)
  「よだきい」って言うのはね・・。

と、こんな感じできりがありません。
寝なきゃいけないのになかなか眠れない(^^;)。

このままでは学校の勉強より、
うんちくのほうが増えそうです。
それでいいのか、小学2年生!

で、「よだきい」って言うのはね・・。

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2008.06.30

23時30分

― 2008年4月22日の日記(mixi)より ―

休みの日や仕事が早く終わった日は、ユースケに
絵本を読んでやり、寝かしつけるのが私の役目。
でもそのまま一緒に私まで撃沈することも
よくあります(^^;)。なので、やりたいことがある日は、
絵本を読んであげた後は、ひとりで寝てもらいます。

そんなときユースケは、いつも私にこう尋ねます。
「なんじにもどってくる?」
そして私はいつもこう答えます。
「11時半かな」

11時半というのはウソ。9時にベッドにもぐりこむ
ユースケは、ものの10分や20分で眠りに落ちます。
寝つきがいいので、そのまま朝まで目が覚めません。
そもそも私が11時半になんて寝るわけがありません。
でもあんまり遅い時間を言うと、ユースケが不安がる
のです。だから11時半。うそも方便です。

ところが昨日、ユースケが起きてきました。
その時間が夜中の3時。途中で目が覚めることなんて
ないユースケだから、私も驚いてしまいました。
「まだ夜だから寝てていいんだよ」と、ユースケを
ベッドに返そうとして、そこで気がつきました。
目に涙を溜めてる。ああ、こわかったんだな。
11時半に戻ってくるはずなのに、夜中起きたら
私がいなかったもんだから、探しにきたのでした。

もうなんだか可哀想になって、やってたこと途中でやめて
一緒にユースケと寝ました。・・ごめんな、ユースケ。

いつもは元気いっぱいな小学2年生。でもまだまだ子ども。
その日はユースケの寝顔を見ていました。
守ってやらないとなあと思う気持ちと、こんな私でも
頼ってくれる人がそばにいるんだと思う嬉しさ。
安心をもらったのは、私のほうかもしれません。

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2008.03.16

成長と日常

年末、ビデオカメラのビデオテープをDVDにする作業に没頭して
いました。ユースケが生まれる頃からだから、その数20本あまり。
よくまあ撮ったものです。見ていると懐かしい気持ちになります。
今では一丁前に口をきくようになったユースケも、幼稚園に入る
前なんてずいぶん可愛らしいもので、時の流れを感じます。

「たった3年前なのにな・・」とつぶやきそうになって、ふとあること
に気がつきました。そのときユースケ6歳。3年前というのは、
ユースケにとってはそれまでの人生の半分だったのです。私たち
にとってはたった3年前でも、ユースケにとって3年前というのは、
私たちの人生の半分に当たるようなものなのかもしれません。

子どもの頃の夏休みはずっと続くような気がしてたのに、大人に
なった今、夏はいつもあっという間に終わってしまうような気が
します。今でも覚えてる小さい頃の思い出はあんなに鮮やか
なのに、最近そんな印象に残る思い出があっただろうか。

一日は一日でも、私の一日とユースケの一日は、重みが違う
のかもしれません。1日の重み=1日/生きた日数だとすれば、
今日の私の1日は "14936分の1"で、ユースケの1日は
"2574分の1"になります。物理的な時間は同じでも、1日に
感じることは、私とユースケではずいぶん違うのではないかと、
あらためて思いました。私たちが思うよりずっとずっと大切な
一日を、子どもたちは過ごしている。そのことを私たちは忘れて
しまいがちです。自戒の念を込めてここに書きます。

久しぶりにビデオカメラの映像を見て、もうひとつ気がついた
ことがあります。3歳の頃のユースケと6歳のユースケ、
見比べてみると確かに成長しています。背も大きくなったし、
ふっくらしてた頬っぺたも、多少お兄ちゃんらしく引き締まった
顔つきになってきました。毎日一緒に過ごしてるから、その
変化になかなか気がつかないけど、確かに成長していること
が見てとれます。

シュンヤの成長は見て分かります。日々めまぐるしく変わって
いるのが、こちらにも分かるのです。昨日出来なかったことが、
今日出来るようになる喜び。私たちも手を叩いて喜びます。
でもユースケも成長してるのです。目にはあまり見えないけど。

幼稚園に入るまでの3年間は変化の連続でした。そこから後の
3年間は、見た目はゆるやかな成長で、あまり変化がない
ように感じてました。でも本当は違うのではないかということに、
ようやく気がつきました。

小学1年生と6年生の違いは何でしょうか。背が違うといえば、
それはそうですが、それよりもはっきりと違うものがあります。
それは精神面です。めまぐるしく変わっているのは体ではなく、
心のほうなのです。そう考えると、シュンヤよりユースケのほうが、
大切な時期に差しかかっているのかもしれません。

寝返り、伝い歩き、歩行と、シュンヤは誰もが通る道を順調に
たどり、たぶんもうすぐしゃべるようになるでしょう。でもユースケ
のこれからの成長は精神面。誰もと同じではありません。
ユースケだけの心が育ってきます。それはその後のユースケに、
大きな影響を与えることは間違いありません。

シュンヤにかかりきりになり、ついユースケにかまってやれない
生活を反省します。シュンヤに対しては、出来ないことが出来る
ようになったのを喜ぶのに、ユースケに対しては、出来るはず
なのに出来ない(しない)ことに苛立ちを感じるのを、反省します。

ついユースケには厳しくなりがちで怒ってしまうけど、それが
いっときの感情に任せてのことでないように、気をつけたいと
思います(とっても難しいけど)。何ごともそう「目線は遠く」。
ユースケのためを思って、叱れるようになりたいと、
頼りない親ではあるけれども、そんなことを考えています。

P.S.
ユースケは、自我が芽生える大切な時期。
でも三つ子の魂百までとも言うし、やっぱり
シュンヤも大切な時期に変わりはありません。
一日一日どっちも手は抜けないってことか・・。
子育ては一日にして成らず。ああ。

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2008.02.24

昔の自分を見てみたい

もしも願いが叶うなら、小学1年生の頃の自分を見てみたい。
すごく懐かしいと思うけど、見てみたいのは時代じゃなくて、
その当時の我が家の様子です。

あの頃の自分はどうだったかとか、親子の関係だったり、
兄弟の関係だったり。小学校高学年になれば、記憶も
はっきりしてくるけど、1年生の頃の記憶はあいまいで、
いくつか印象的な場面を覚えているぐらいです。

こんなことを思うのは、ユースケが小学1年生だからです。
あの頃の自分はこんなだったっけ?と思うことがよくあります。
もっと自分はしっかりしてたような気がするけど、そう思い
込んでるだけで、実際はどうだったのか、見てみたいのです。

ユースケを見てると心配になります。まあよく怒られること!
朝の支度がなかなかできなかったり、テレビに近づきすぎて
見てたり、何回言ってもなかなか言うことを聞かなかったり・・。
そのたびに怒るけど、ふと思うんですよ。
俺ってこんなに怒られてたっけ?

私は手が掛からない子どもだったと、母は言います。
3人兄弟の末っ子で、兄たちを見ながら大きくなりました。
父は会社を経営していて、自宅と会社が同じ建物で、共働き
だったから、ふたりとも忙しく働いてた姿をよく覚えています。
だから、親からあれこれ教わったというよりは、兄たちと
じゃれ合うように遊んでるうちに、いろいろ覚えたのだと
思います。子どもの頃の記憶は、親よりも兄たちとの
思い出が圧倒的に多いです。兄っ子?

でも実際はどうだったのでしょうか?どんなふうに接して
いたのか、どんなことを考えていたのか、1日でいいから、
親の目線で、昔の自分や兄弟や親を見てみたいのです。
そんな1日を体験できたなら、きっと言葉で語られるより、
もっとずっと多くのことを感じることができると思います。

いつから友達と外へ遊びに行くようになったんだっけ?
放課後、校庭で夕方まで遊ぶようになったのはいつ?
お小遣いもらって、駄菓子屋でクジを引いてたのはいつ?
いつから泣き虫じゃなくなったんだっけ?
私の親は、親としてあの頃どんなことを考えていたのだろう?

タイムマシンがあるのなら、どんな望みよりも、
あの頃の1日に戻ってみたいと思うのです。

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2008.02.17

乳児→幼児パスポート

シュンヤ1才11ヶ月。遅まきながら断乳を決行。
記念に「乳児→幼児パスポート」をつくってみました。

Little_child_passport

前日、みんなが寝た後に内緒でつくって、シュンヤの枕元に
置いときました。Xデー当日の2月15日あさ、シュンヤが目を
覚ましたら、このパスポートを発見。これを持ってとことこ歩いて、
ママに渡すというのが、私の構想です(^^)。

しかしシュンヤ気づかず・・。

しょうがないので手渡してあげました(^^;)。

うまく乳離れしてくれるでしょうか。
シュンヤよ、このパスポートで乗り切っておくれ。

※パスポートと言いながら、定期券のデザインに
 なってしまったのはご愛嬌です。
 うっかり「→」ではなく「←→」にしてしまいそうでした。
 あぶない、あぶない(^^;)。

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2008.01.23

オセロ・コールドゲーム

子ども相手に手加減するかどうか、親にとっては悩ましい問題
ではないでしょうか。ちなみに私は基本的に手を抜きません。

わざと勝たせてあげても良いのですが、そうなると自分は強い
のだと勘違いしてしまいます。事実そうやって勘違いしたまま、
友達と対戦して、ユースケがコテンパンにやられてしまうのを
目の当たりにすることがあり、私は考えを改めました。

今の自分の力をきちんと把握すること、これが大切なのだと
思います。勝ったり負けたりするのは当然のこと。負けるのは
くやしいけど、自分の力を知っていれば、なぜ負けたか納得
できるはずです。それでこそ次につながるのだと思います。

さて、そんなわけでオセロです。ユースケと対戦するときは
いつも四隅のうち2つをハンデとして与えてからスタート
します。それぐらいがちょうど良いのです。

ある日のこと、ゲームで練習して強くなったからハンデは
いらないよとユースケが言いました。それなら、と対等の
条件でオセロをしました。それがなんと!けっこういい線
いってたのです。ほぅ強くなったようだなと、内心感心
してしまいました。

ユースケは得意気です。そんなことがあったので、私も油断
してました。それがあんな悲劇を起こすことになろうとは!

あの日のことは忘れもしません。オセロの盤面が黒だけに
なってしまったのです。私の完勝。ユースケは泣き、私は
呆然となりました。こんなことってあるの?

ハンデなしで始めたオセロ。ほどなく四隅のひとつを取った
私はそこから手堅く地盤を固めていきました。そしてまた
ひとつ四隅が取れ、じわじわと黒が広がっていきます。
その中にユースケが入り込む余地はありません。

終盤、異変に気がつきました。でも気がついたときには
遅かったんです。ユースケの打つ手がない!

あれ、あれあれ?ユースケが打てないので仕方なく自分の
石を置く私。次もユースケは打てないから私。そのまた次も。
あれ?全部黒になっちゃった・・・。

升目の全部が埋まったわけではありません。お互いに石は
2つか3つ残っていたはずです。でももう打てないんです。
全部黒になっちゃったから。

ユースケはポロポロ泣いてしまいました。私もあわてました。
こんなことがあるはずない。これはあんまりだ。
自分のしでかしたことに言葉をなくしてしまいました。
黒一色の盤面はそれほどのインパクトがあったのです。
トラウマになってはマズイ!!

必死でユースケを慰める私。こんなこともあるよとかなんとか。
何を言ったかよく覚えていません。ごめんねユースケ。
本当に反省してます。ハイ。

その1週間後、またユースケとオセロをしました。ユースケから
しようと言ってきたのでホッとしました。今度はまたハンデあり
にしました。そして私の指導付きです。

ハンデを与えてるから手加減しないで済みます。ユースケが良く
ない手を打とうとしたら、教えて指導してあげてます。結果、
私はかなり苦戦を強いられるのですが、それでも全力でできる
ので嬉しいです。ユースケも少しずつ力をつけているようです。
また楽しいオセロができるようになりました(^^)。

行き過ぎはよくないと思う。でも甘やかさない。
その間を行ったり来たりするような毎日です。

ユースケへ。
いつか対等に向き合える日を父は楽しみに待ってるよ。

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2007.10.26

それはソーセージ

最近お気に入りの遊びは、シュンヤとの掛け合い。
シュンヤが指さし、私が答える。この繰り返し。
これがとても面白いのです。

エリック・カールの有名な絵本「はらぺこあおむし」。
あるページを開いたら、それがゲームのはじまり。

「チョコレートケーキ」「アイスクリーム」「ピクルス」
「チーズ」「サラミ」「ぺろぺろキャンディー」
「さくらんぼパイ」「ソーセージ」「カップケーキ」
それと「すいか」も!

見開きいっぱいに広がる食べもの。はらぺこあおむしが
一日で食べたものです。そのカラフルな食べものの絵を
シュンヤが次々に指さしていきます。

トントントンと指をさす。それは「さくらんぼパイ」。
トントントン。「サラミ」。
トントントン。「ソーセージ」。
ん?んん?シュンヤが聞き返すので私がもう一度答える。
「ソーセージ」。

トントントン。「チーズ」。
トントントン。「チョコレートケーキ」。
トントントン。「ソーセージ」。
ん?んん?シュンヤが聞き返すので私がもう一度答える。
「ソーセージ」。

トントントン。「カップケーキ」。
トントントン。「ソーセージ」。
ん?んん?シュンヤが何かを期待するように私の顔を覗き込む。
「ソーセージ」だってば。ん?んん?だから「ソーセージ!」。
ふたりプッと吹き出してしまう。アハハ。

何を指さしてもすぐにソーセージに戻ってしまう面白さ。
そしてテンポの良さと、聞き返すリアクションの絶妙さ。
ん?んん?と首をかしげた後、パッと笑顔になって
「ソーセージ」って言葉を聞こうと、私の鼻先まで顔を
近づけてくる。ていうか、くっついてくる。
そんな不自然な体勢のまま私は答える。
「ソーセージ」(^^)。

おそるべし1歳児。笑いのツボを心得てやがる。

そのやりとりを横で聞いてたユースケも大喜び。
ソーセージ!ソーセージ!の大合唱となりました(^^)。

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2007.07.20

WATER・WATER

シュンヤは1歳4ヶ月。まだしゃべれません。
最近のお気に入りは洗面所。朝、私が顔を
洗おうと洗面所に立つと、必ず私の隣に寄って
きます。そして踏み台の上に立ち、洗面所の
蛇口から流れる水を触ろうとします。

「シュンヤ、これが水だよ」なんて言いながら、
即興でヘレンケラーごっこ。サリヴァン先生と
ヘレンケラーの有名なやりとりの真似です。
「ほら、W・A・T・E・R、ウォーター!」
手のひらに文字をなぞっちゃったりして。

水に触れて楽しいのか、そのやりとりが
面白いのか、シュンヤ、にっこり。

いつごろ、しゃべれるようになるかなあ。

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2007.07.18

シュンヤ1歳4ヶ月

Syunya0711

7月11日、シュンヤは1歳4ヶ月になりました。
ジョン太がベビーサインを習ったので、まだ少しだけど
サインで要求できるようになったり、一緒にサインで
遊んだりしてます。やはり2人目は成長が早いように
思います。

でも髪の毛が少ない・・。後ろはだいぶ生えてきたけど、
前髪はまだ産毛のまま。赤ちゃんみたいな顔で、
てくてく歩くので、びっくりされることもしばしばです(^^;)。

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2007.07.01

運動会

Undokai_yusuke

6月3日、ユースケの小学校の運動会がありました。
北九州の小学校では、この時期ほとんどあるらしい。

ユースケ、小学生になって初めての運動会。入学して間もない
のに、ちゃんと出来るのか心配してたけど、無事終わりました。
幼稚園のようにお遊戯じゃなく、かけっこなどの競技がほとんどの
ため、あれだけ短い練習期間でも大丈夫だったのかもしれません。

あいにくの小雨の中、みんな一生懸命頑張っていました。
途中雨のため中断の後、再開するなど、コンディションはかなり
よくありませんでしたが、それも子供たちにとっては思い出に残る
運動会だったのではないかと思います。

Undokai_syunya

※シュンヤはちょろちょろ動き回っていました(^^)。

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2007.04.24

入学式

Nyugakusiki

小学校の入学式の後、初めてのホームルームで、
初めて名前を呼ばれて、初めて返事をした時の
ユースケの写真です。なにもかも初めて尽くし。

これからどんな小学校生活が待っているのでしょうか。
いっぱい勉強して、いっぱいお友達と遊べるといいね。

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2007.04.18

ひとなつこい才能

3月18日(日)から3月24日(土)までの1週間、ユースケは大分の
おばあちゃんちにひとりでお泊りしてきました。実は今回で3度目。
去年の春、夏、そして今回と恒例の行事になりました。もちろん
行き帰りは私が連れていっていますが、大分にいる間ユースケは、
私たち親とはずっと離れて暮らすことになります。

でも大分のおばあちゃんちは、いとこのモモちゃんも遊びに来て
くれるし、私の兄たちも遊んでくれるので、楽しいようです。その上
美味しいものもたくさん食べさせてくれるし、うるさい親はいないし、
天国のようなところだと、ユースケは思っているみたいです。

やはり今回も楽しかったようで、結局電話を掛けてきたのは2回だけ
でした。しかもおばあちゃんが気を遣って掛けてくれた感がアリアリ。
特に寂しがるわけでもなく、私たち親の名前もあまり出てこなかった
そうです。ま、たぶんそうだろうと思ってたから別にいいんですけどね。
親としてはちょっと複雑な気分です。

私たちがユースケを1週間預けても心配しない理由は2つあります。
ひとつは親から離れても寂しがらないこと。もうひとつは人懐こいこと。
これは重要です。ユースケ自身は楽しくても、周りがユースケのことを
良く思わなければ、それはそれで親としては心配なもの。でも持ち前の
人懐こさでみんなから可愛がられているようです。

ユースケは得な性格をしてるなあと思うことがしばしばあります。
誰とでも仲良くなれるその人懐こさは、ある種才能だと思います。
ユースケには昔からそういうところがあって、人見知りすることが
あまりありませんでした。性格もあるのかも知れませんが、ジョン太が
ユースケを赤ちゃんの頃から育児サークルなど連れて行ってくれた
おかげだと私は思っています。いろんな人に出会う機会に早くから
恵まれていたからこそ、今のような人懐こさがあるのだと思います。

ただ、成長の過程でこういった傾向は多少薄まるのではないかと
考えています。いや、そうでなければ困ります。未熟な人懐こさは、
時に危険なことを招きかねません。昨今の物騒な世の中では、親と
してはそれが心配です。ユースケの場合、自分と他人との距離感が
まだうまく把握できてないような気がするのです。

でもユースケの人懐こさは、失くしてほしくありません。私にはない
ものをこの子は持っている。それはユースケにとっては宝物であり、
私たち親にとっては誇りです。これからも大切にその人懐こさを
育てていけたらと思います。

このあいだ、ユースケを近くの公園に遊びに連れて行きました。
そこには2~3歳ぐらいの女の子とそのお母さんが、2人で遊んで
いました。ユースケはすぐに女の子と仲良くなって、そのお母さん
とも一緒になって遊び始めました。私はそれを遠くで眺めながら
笑っていました。幅広の滑り台を女の子が滑るとき、ひとりで滑れ
ないのを見て、ユースケは女の子と手をつないで、並んでゆっくり
滑り降りました。その様子があんまり自然だったので、ちょっと
見とれてしまいました。楽しそうに遊ぶユースケと女の子。
いつまでも見ていたい素敵な光景でした。

人懐こさとは、人を好きになる才能、そして人を信じられる才能だと
思います。そのまま無邪気に大人にはなれないことは分かっている
けれど、どうかそのままでいてほしい。そう願わずにいられません。

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2007.04.01

卒園式

3月14日、ユースケは幼稚園を無事卒園しました。

3年前入園した時のことを思い出します。
早生まれのユースケ。本当に幼稚園でやっていけるのか、
私たち親は心配したものです。そして幼稚園生活を送ると
いうことは、親が知らない時間を子どもが過ごすことであり、
それは子どもにとっても親にとっても初めてのことでした。
しっかりしないといけないのは親のほうかもしれませんね。
ユースケはいたって明るく毎日登園して、お友達と楽しい
幼稚園生活を送っていたようです。

卒園するということは、それまでのお友達と別れること。
もちろん同じ小学校に通う子もいますが、違う小学校に
なる子もたくさんいます。むしろユースケは少数派。
大半はこの卒園式を最後にお別れになります。

ユースケは出会いや別れに、それほど執着しないようです。
もう数年前の話になるのですが、お友達が引越しで転校に
なったときも、それほど悲しんでいないようでした。そんなこと
が続いたので、ユースケに聞いてみました。A君もB君もいなく
なって寂しくないの?ユースケは確かこんな風に答えました。
A君もB君もいないけど、一緒だから大丈夫だよと。そこで気が
つきました。ユースケにとっては、自分がいる世界といない世界
の2つしか存在しないことに。本当はA君もB君も別の場所に
引越してるのに、それを理解できていないのです。ここではない
別の場所にみんな一緒にいると思い込んでいるようでした。

卒園式を数日後に控えたある日、ユースケに卒園のことを聞くと、
やはり悲しくないようでした。お友達とは別れるけど、小学生に
なれば新しいお友達も出来るとあくまでも前向き。

そして卒園式。他の子どもたちを見ていると、泣いてる子は
あまりいませんでした。ユースケも一緒です。幼すぎる別れ。
別れの意味さえ、まだ分からない子がいても仕方ありません。

式の後、クラスで最後のお別れ。ユースケの先生は、結婚退職で、
ユースケたちと一緒に卒園になります。そのことを子どもたちには
内緒にしていたので、それを聞いた子どもたちは驚いていました。
さすがにユースケもちょっと泣いていました。泣かないように、
そして泣いてるのを見られないように、そっとハンカチで涙を
拭いてる姿は、おかしかったけど、そんな姿を見ることができて
なんだか嬉しかったりもしました。

卒園式での子どもたちを見ていると、3年間の成長をしっかりと
感じることができました。名前を呼ばれるとみんな元気に返事を
します。長い時間イスに座ってることだってできます。3年前とは
みんなの顔つきも違います。長い挨拶だって、歌だって、みんな
と声を合わせてちゃんとできます。そんな姿を見ていると涙が
自然と出てきそうになりました。みんなよくここまで成長したな。
あらためて先生たちの努力に頭が下がります。
ありがとうございました。
そして子どもたち、みんなみんな大きくなってくれてありがとう。

隣にいるジョン太は泣いていました。子どもたちをビデオで撮る
私の横で。ここにも感謝する人がいました。ユースケをこんなに
立派に育ててくれてありがとう。涙はうつるもののようです。
ジョン太の姿を見ていると、こちらも胸にこみ上げてくるものが
ありました。私は本当に良い人と結婚したんだなあ。
一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしく。

そこで一句。

 そつえんしき
 ほんとうに 撮りたかったのは
 となりでなみだぐむキミ

でも、ホントに撮ったら怒られます・・。

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2007.03.18

シュンヤ1歳の誕生日

Shunya1sai

3月11日、シュンヤは1歳になりました。
ユースケの時よりも成長が早いみたいで、驚かされて
ばかりの1年でした。今では歩くのはもちろん、ときどき
早足になってるような気もします(^^;)。

この日は近くのケーキ屋でバースデーケーキを買いました。
離乳食まっ最中のシュンヤ、実は甘いものを食べたことが
ありません。もう1歳だし、せっかくだから食べさせてみよう
と試してみたら、すごいイキオイで食べてしまいました。
よっぽど美味しかったみたいです。

これからも初めて体験する出来事がたくさん待っていること
でしょう。そしてどんどん成長していく姿を、私もジョン太も
楽しみにしています。できなかったことができたときの、
得意満面なシュンヤの笑顔が大好きです。

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2007.03.10

ユースケ6歳の誕生日

Yusuke6sai

2月28日はユースケの誕生日。6歳になりました。
この頃、我が家はインフルエンザ騒動の真っ最中。
そのうえ私は、会社でお世話になった人の送別会が
重なり、なんともあわただしく当日を迎えました。

手作りでつくるはずのケーキは、ジョン太がインフル
エンザで大変だったので、今回は買ってくることに
しました。私は仕事を早く終わらせて、会社の送別会
が始まるまでのわずかな時間を家で過ごし、誕生日を
なんとか無事祝ってあげることができました。

早いものでもう6歳。今年は小学校に入学します。
どんな1年が待っているでしょう。

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2007.03.08

机とランドセル

Tsukue

ユースケの学習机とランドセル。
小学生になる準備はこれでOKです。

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2007.02.27

インフルエンザ攻守交代

インフルエンザにかかってしまいました・・。
その翌日、ジョン太にうつってしまいました。
ユースケとシュンヤは大丈夫か?
予断を許さない我が家です。

先週は徹夜続きでかなりひどい毎日を送ってた私は、木曜日の深夜、
頭痛がするのを疲労のせいと勘違いしてました。しかし金曜日の朝、
変わらぬ頭痛、そして高熱であったため、インフルエンザを疑いました。
結果は見事インフルエンザA型。

インフルエンザにかかったとなれば、当然会社は休むしかありません。
もちろん頭痛はするし、熱は高いし、最悪です。家族からも隔離された
部屋で1日中寝てました。もちろんずっとマスクは付けていました。
なによりも他の人にうつさないように気をつけねばなりません。
特に家族は狭い空間で一緒に暮らすから、なおさらです。

翌日の土曜、私は薬が効いたのか、すっかり熱も下がり、頭痛も治まって
いました。しかも睡眠不足が解消されて、心なしか病気になる前より
調子が良いような気までします。しかしマスクはもちろん着用。まだ安静に
することが肝心です。ジョン太は用事があったので、ユースケとシュンヤを
連れて、出掛けていきました。家にいるよりはそのほうが安全だし、賢い
方法です。しかし、夕方ジョン太が倒れこむように帰ってきました。
2人の子どもをひとりで連れて行くのは大変なことだけど、いつもと
様子が違います。「うつった」というのです、インフルエンザに。

体温計で計るとジョン太の熱は39度近くありました。これはヤバい。
インフルエンザが治りつつある私と、かかりつつあるジョン太。
かかってない子どもたちをどちらが預かって、どちらが隔離されるべき
なのか?何が安全で何が危険なのか、こうなるともうよく分かりません。
この日はまだインフルエンザとは確定してないジョン太が、子どもたちと
同じ部屋で寝ました。私は隔離される側。

翌日の日曜、病院で検査したらジョン太もやはりインフルエンザA型。
私のがうつってしまったようです。申し訳ない。それにしてもどこで
うつったのか?あんなに気をつけてたのに。考えてみれば私が最初に
病院に行くまでの短い時間があやしい気がします。そこまではマスクを
してなかったし、無防備だったように思います。もうあのときにはジョン太に
うつっていたのかも。分かってから、部屋の換気をこまめにしたり、部屋を
隔離したり、マスクはもちろんのこと、相手に近づかないようにしたりしてた
のに。インフルエンザの診断が出てからでは遅いのかもしれませんね。
反省です。

さて、そうなると攻守交代です。熱が下がって2日目の私と、病院に行った
ばかりのジョン太。今度はジョン太が隔離される側になってしまいました。
熱が下がって2日目ぐらいまではうつるかもしれないと病院の先生から
聞きました。私がまさにその状態。でも私が子どもたちの面倒を見るしか
ありません。より危険度の少ないほうを選ぶしかない悲惨な状況です。
私は料理以外なら、ひととおり家事と赤ちゃん・子どもの面倒を見ることが
できるので、月曜休みを取ってとりあえずこの場をしのぐことになりました。

さてここで私たちが細心の注意を払って守るべき人物は誰なのか。
それはシュンヤです。じゃ、ユースケは?もちろんユースケも大切。
でもあえてユースケの場合は「打たせて取る作戦」を選びました。
実はジョン太がインフルエンザと分かってから、すぐにユースケを
病院に連れて行きました。インフルエンザの検査をしてもらうためです。
結果はシロ。この時点ではかかってないとのこと。でも両親がかかってる
なら、今はかかってないけど、これからかかる可能性はかなり高い。
医師と話し合いタミフルを予防投与として、処方してもらいました。
これなら、かからなければラッキーだし、かかってもすぐ治る。
そういう判断です。名づけて「打たせて取る作戦」。どうしても今週
幼稚園の大事な行事があり、年長さんの残り少ない貴重な時間を
休ませずに送り出してあげたいという配慮を、今回は優先しました。

私とジョン太はインフルエンザにすでにかかり、ユースケは万全の備えが
できました。あとはシュンヤです。まだ赤ちゃんのシュンヤにできれば
不必要に薬は飲ませたくありません。でもインフルエンザにかかるのも
困る。だから、今は全員体制でシュンヤを守るのに必死です。
ジョン太のお母さんも月曜の夕方から応援に駆けつけてくれました。
しかし、そんな私たちを尻目に、シュンヤの鼻水がたれてきました。
心なしか熱も高くなってきてるような・・。予断を許さない我が家です。

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2007.01.11

ユースケとシュンヤ

Yusuke_shunya

意外なことですが、わが子の成長をストレートに書いたことって、
実は今までほとんどありませんでした。新年を迎えたことだし、
これもひとつの記録ということで、ユースケとシュンヤのことを
ここに書いてみようと思います。

ユースケは5歳。2月末で6歳になります。ただいま幼稚園の
年長さんです。今年はなんと小学生になります。先日、学習机と
ランドセルを買いに行ってきました。そんな中、どうやらユースケ
自身も着々と小学生になる準備を進めているようです。

ユースケは自分のことを今までは「ユースケ」と呼んでいたのですが、
今年になって気がつくと「ぼく」と言うようになりました。誰に教わった
のか、何かで読んだのか、聞いてみたけど教えてくれません。
知らないうちにちょっとだけ成長したような感じがしました。

シュンヤは今日で10ヶ月になりました。3月の半ばで1歳になります。
ユースケの時よりも成長が早いような気がします。年末の時には
すでに立っちは安定してて一歩が出ようとしていました。今年になって
気がつくと一歩ニ歩とヨタヨタ歩く姿を見るようになりました。

そんなユースケとシュンヤですが、2人の関係はまだまだユースケの
空回りの状態が続いています。シュンヤが生まれたとき、ユースケの
赤ちゃん返りを心配しましたが、さすがに5歳も離れているとそんなこと
はないようでした。ただユースケはシュンヤを可愛がろうとするけど、
そこは5歳児です。加減というものを知りません。急に近寄ってきて、
手足を動かしてみたり、顔をくっつけたりするもんだから、シュンヤは
びっくりして倒れたり泣き出したりと、いつも大騒ぎになります。

別に悪気があってやってるわけじゃないのは分かってるし、シュンヤを
笑わそうとふざけるユースケは、微笑ましいのだけど、当のシュンヤは
きっと迷惑に感じていることでしょう。

去年のユースケとシュンヤの関係は、ユースケの一方的な片思い。
でもシュンヤが歩けるようになり、しゃべるようになれば、兄弟の関係
も一歩先に進むはずです。今年は2人の成長に目が離せません。
どんな楽しいエピソードが生まれるか、今からとても楽しみです。

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2006.10.28

運動会

2006undokai1

9月下旬、幼稚園の運動会がありました。ユースケは年長さん。
これが最後の運動会になります。これは隊形遊戯の写真です。
※国旗のTシャツは自分たちで作ったものだそうです。

年長さんの種目で、これに一番感動しました。まずはバトンを
持って、一列に入場。音楽と笛の号令に合わせて整然と列が
直線から円に変わったり、いろんな形にしてみせます。そして
隊形を作り終えると、今度はバトンを使ったダンスです。一糸
乱れぬとまでは言えないけど、その出来の良さにびっくり。
みんな揃えようと一生懸命です。

2006undokai2

その姿を見て感動しました。
年少のときの運動会を思い出しました。頼りなくも微笑ましい
あの頃と違って、今は凛々しくたくましく感じます。
みんなあんなに小さかったのに、今はこんなに成長している。
その中にちゃんとユースケもいる。そのことが嬉しくて、ただ
もう嬉しくて・・。途中から写真を撮るのをやめてしまいました。

みんなの頑張りを、カメラ越しで見ることはいけないような
気がして。一番大切なものは、この目に焼き付けておかないと
いけないような気がして。ちょっと涙が出そうになりました。
忘れられない最高の運動会です。

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2006.05.24

反応

この間の日曜日、シュンヤを抱っこしてて、あることに
気がつきました。これはもしかして・・?気がついたときの
嬉しかったこと!そう!反応するようになったのです。

「あー」とか「うー」の言葉のやり取りだけですが、これが
出来たときの感動はちょっと言葉にできません。ユースケの
ときもまったく同じように感動しました。そのときの日記を
今回は載せようと思います。

それにしても何がこうも感動させるのでしょうか?
寝返り、歩き始めのときの感動とは、その質がちょっと
違うような気がします。「あー」と言うと、こちらを見つめ、
「あー(なにやらそれらしき言葉)」で返してくる。
その後、にこーと笑う。その繰り返し・・。

言葉を返すことができて嬉しいのか、それともこちらがにっこり
笑ってるのをただ真似てるだけなのか、それは分かりません。
でもこれだけは、はっきり言えます。これはコミュニケーションの
最初の一歩。この日を境に、シュンヤと私たちの生活は変わって
ゆくでしょう。今まで感じられなかった、その瞳にかすかな意思を
感じることができるからです。そこから広がる可能性を思うと
たまらなく嬉しい。本当に嬉しい。

(以下原文そのまま)
2001年5月14日の日記
「反応」

この1週間でユースケはめざましい成長を遂げた。
反応するようになったのである。

2ヶ月になるちょっと前から「あー」とか「うー」とか言うように
なっていた。この「あー」とか「うー」とかをクーイングと呼ぶらしい。
まだ言葉にならない声だ。泣き声と違って、このクーイングは
とても可愛らしい。機嫌が良い時に出る声で、聞いていると
こちらの気持ちもなごんでくる。ただし、声が自然に出るだけで、
意識的に出しているわけではなかった。だから返事してあげても、
どこか別のところを見て、思い出したように、また「あー」とか
「うー」を今までは繰り返すだけだった。

変化に気がついたのは、1週間ぐらい前のことだ。
いつものようにユースケが「はうー」と言ったので、私もユースケに
向かって「はうー」と返事をした。するとまたユースケが「はうー」と
言った。こちらの声に反応したようにみえる。私もまた「はうー」と
答えた。

言葉のやり取りができるようになったのだ。私は、ユースケが
クーイングすると、努めて相手をするようにしてあげた。たまに、
私が先に「はうー」と言うと、ユースケがそれをまねするように
「はうー」と言うこともある。私はこうしたやり取りをひそかに
「はうはう遊び」と名づけている。これを発見した時は嬉しかった。
言葉になってないが、ユースケとコミュニケーションを取っていると、
実感することができた。

それがここにきて確信に変わった。
クーイングに返事をしてあげると笑うようになったのである。
まぎれもなく反応してるのだ。

ユースケの「はうー」に合わせて、私も「はうー」と答えると、
ユースケはニコッと笑う。タイミング良くそれを繰り返してあげると、
満面の笑みを浮かべ、ユースケは体を動かして、全身で喜びを
表現する。まるで「うれしい、うれしい」と言ってるかのようだ。
自分の出す声に、誰かが反応するのが嬉しいのだろう。
そのユースケの反応を見て、私も嬉しくなる。

もうひとつ私が嬉しいのは、この遊びをやっているときに、
ユースケが私の顔をじっと見ることである。私がクーイングに
答えるのを期待して待っているように思える。この「待つ」という
行為が、とても人間らしく感じられる。そうやって見つめ合っていると、
なんだかお互いの気持ちが分かり合えるような気さえする。
知性の小さなかけらが、その目に映っているようだ。

とはいうものの、今のところ機嫌のいい時しか、クーイングはできない。
お腹が減ったときや、機嫌のわるいときなど、何をやっても無駄である。
こちらの気持ちなどお構いなく、泣くばかりとなる。
あの分かり合えたような気持ちなど、簡単にどこかへ消えてしまう。
コミュニケーションへの道はまだまだ遠い。

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2006.05.23

兆し

ユースケが生後2ヶ月のときに、私が書いた日記を載せます。
当時ユースケは通称グースケと呼ばれていました。その理由は
読んでみてください。ちなみにシュンヤは通称フガフガ君という、
ニックネームで呼ばれています。鼻が詰まりやすいようで、
いつもフガフガ鼻を鳴らしているからです(^^)。赤ちゃんのときって、
言われたい放題。ひどい親だなあと我ながら思うけど、
そのときどきで変わる愛称は、毎日見守っている親だから
できることなのでしょう。な~んて、さりげなく自己弁護(^^;)。

(以下原文そのまま)
2001年4月28日の日記
「兆し」

最近ユースケの様子が変なのだ。

いつもだったら、夜中でも3時間置きにミルクを欲しがるのに、
そのまま朝方まで寝てたりすることがある。
たて抱っこしたら私の肩にポフッと埋まってたのに、
出初め式のはしご乗りみたいにバランス取って、首を伸ばして
いることがある。ミルクを飲んだら満腹中枢を刺激されてすぐ
寝てたのに、そのまま起きてることも多くなった。
声を出すのはビービー泣く時だけだったけど、アーとかウーとか
言うようにもなった。起きてる間は泣いてばかりで抱っこしないと
収まらなかったけど、一人でおとなしくしてることもあるようになった。
にこーと満面の笑みを浮かべることもある。

これはどう考えても変である。今までにはなかった反応だ。
ユースケの体の中で、一体どんな変化が起きているのだろうか?
きっと想像もつかないスピードで成長してるのだろう。
これからが楽しみだ。ユースケも今日でちょうど2ヶ月になる。
実際、だいぶ重くなってきた。髪の毛も、芝生の芝ぐらいには
うっすらと生えてきた。日に日に成長する我が子を見守りたいと思う。

と書いたものの、まだまだグズることも多い。苦労は絶えない。グズる
ユースケを我々は、グズりん坊ユースケ、略してグースケと呼んでいる。
早くその名前を呼ばなくて良い日が来てほしいものである。

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2006.05.21

時計をマスター

先日、ユースケに腕時計を買ってあげました。
なぜ5歳児に腕時計を?それにはこんな理由があります。

今までユースケは、時計の時間を読むことができませんでした。
以前から興味はあったようですが、時計の針を読むのが難しかった
ようです。確かに考えれば、どうしてそんな読み方をするのか今でも
不思議です。長い針が"1"を指せば5分、"2"なら10分・・。なぜ?と
尋ねられても、私には「そうだから」としか答えることしかできません。

でも今年の2月、ユースケは時計の時間を読めるようになりました!
こどもちゃれんじ・すてっぷ2月号の教材に「なんじくん」があったからです。
ユースケは「なんじくん」に夢中。しばらくは片時も離さずにずっと遊んで
いました。この「なんじくん」はスグレモノです。長い針を指でぐるぐる回せば、
それに合わせて、短い針もゆっくり進みます。だから長い針を1回転させれば、
その間に短い針が1つ進むのが感覚的に分かります。そして長い針が
"12"と"6"を指しているときは、ボタンを押せばそれぞれ"○時"○時半"と
しゃべってくれます。これでユースケは時計をマスター。"○時"○時半"は
もちろん、"○時○○分"も読めるようになりました。

そして先日のことです。ショッピングセンターに買い物に行ったとき、時計
売り場で立ち止まり、ユースケは時計がほしいと言い出しました。かなり
強情に主張してたけど、我が家はむやみに買い与えることはしない主義
です。その日も泣くユースケを無理やり連れて帰りました。でもちょうど
その頃は5月5日のこどもの日を目前に控えていました。こどもの日の
プレゼントだったらいいんじゃない?とジョン太と話し合い、時計を買う
ことにしました。そしてユースケの希望通り、プーさんの腕時計を買って
あげました。ユースケ大喜び!幼稚園にはさすがに持っていけないので、
休みの日しかできないけど、それでも嬉しいようです。この間は腕時計を
したまま、寝ようとしていました(^^)。

ユースケの腕時計を選ぶ基準が面白かったです。
キャラクターが好きなのは分かりますが、ユースケにとって一番重要なのは、
時計の目盛りがちゃんとついていること。"1"から"12"の数字しかない5分
単位のものじゃなく、その間に5つ目盛りが刻まれている1分単位のものを
探していました。その理由を聞くと「そうじゃないと時間が分からないでしょ」
とのこと。だいたい何分とかじゃなく、きちんと時間を知りたいようなのです。
それを聞いて、数字大好きなユースケらしいなあと妙に納得してしまいました。

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2006.05.14

医龍ごっこ

最近夫婦で一緒に見ているテレビドラマが「医龍」
超難関と言われるバチスタ手術に挑む熱いドラマです。
「医龍」を見終わり、さあ寝ようかなと思っていると、
ジョン太がこう言いました。「オムツ換えてくれる?」

シュンヤをゆりかごに乗せて見下ろす私。
こ、これは!?この場面は、さっきテレビで見たような・・。
主人公の朝田龍太郎が手術に望むシーンにそっくりだ!
手術開始でメスを受け取る主人公になったつもりで
「メス!」という代わりにこうつぶやく。「オムツ!」

Iryu_1

もちろんジョン太の助けはない。ドラマと違って、現実の
私に助手はいない。それでもテキパキとオムツを替える私。
ぶつぶつと独り言をつぶやき続ける。

以下、すべて私の独り言。
「は、はやい!」「なんて正確なオムツ換え!」
「赤ちゃんが泣いてない!むしろ気持ち良さそうにしてる!」
「すごい!なんてすごい奴なんだ!」

気分は朝田龍太郎になってる私を、ジョン太は笑い続ける。
「オムツ換え終了!」誇らしげにシュンヤを、ジョン太に手渡す。

ジョン太があやしながら、シュンヤに語りかけた一言。
「オムツ換えたぐらいで、バチスタ手術成功させたつもりに
 なってるんだから、シアワセな人だよね~」

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2006.05.04

お宮参り

Omiyamairi

5月3日、シュンヤのお宮参りに行ってきました。
五月晴れの気持ちの良い一日。近くの神社に出掛けたのですが、
ここはユースケの時にもお世話になりました。お宮参りはもちろん、
去年の七五三もここです。転勤族の我が家ですが、子どもたちに
とっては、この小倉が故郷になるんでしょうね。

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2006.04.14

1週間のお泊り

先週までユースケは春休みでした。
家庭の事情により、実家の大分でユースケをこの間1週間預かって
もらいました。私たちがユースケと1週間も離ればなれになるのは
初めてのことです。でもおばあちゃんがいるから大丈夫。ユースケは
おばあちゃんが大好きなのです。そして従姉のモモちゃんも遊びに
来てくれるので、ユースケは大分に行くのを楽しみにしていました。

家庭の事情とは、シュンヤが生まれてからずっと泊り込みで手伝って
くれていたジョン太のお母さんが、用事があり、いったん戻ることに
なったという理由です。そうなると平日私は仕事でいないため、
ジョン太ひとりで、ユースケとシュンヤの面倒を見なければいけなく
なります。幼稚園もお休みで、ユースケは元気をもて余し気味。
シュンヤがいるため、気軽に外出するわけにもいかず、今度は
私の実家の母に応援を頼むことにしました。

実家を離れることはできないけど、預かるのは喜んでするよと
いうことで、ユースケの1週間のお泊りが決まりました。
4月1日(土)、小倉から大分まで、私が車でユースケを
連れて行きました。日帰りです。片道3時間弱の道のりを
往復するのはキツイです・・。でもジョン太がシュンヤの世話を
ひとりでしてることを考えると、そうも言ってられません。
ユースケを母に預けて、しばし休憩の後、とんぼ帰りしました。

それからは時々ユースケや実家の母から電話がありました。
すごく楽しいらしくて、私たち親がいなくても寂しがらないよと
母は嬉しそうに話してくれました。親としては複雑な気分です。
電話がない日もあったりしたので、こちらのことを忘れるくらい
楽しかったのでしょう。サッカーを見に行ったりしたそうです。
ひとりで少しの時間、お留守番もしたそうです。私たちと離れる
ことで、どうやらユースケも成長したようです。

実はユースケは左利き。右利きの私たちは、どうやって箸や鉛筆を
上手に持てるようにさせるか、悩んでいました。ところが、なんと
実家の母は右手でできるようにユースケをしつけてくれました!
とりあえず本人もその気になってるようなので、右手で使う練習を
再開しました。おばあちゃんの力は偉大だ!

しかし私たちには心配事がありました。ユースケが寂しくて泣くん
じゃないかとかいうことではありません。私たちが心配してたのは、
食べ過ぎるんじゃないかということです。実家の母はとにかく
いろんな料理を作ってくれます。お菓子もいっぱいあります。
盆正月などで2~3日泊まるだけでも私たちはお腹いっぱいになり、
いつも困ってしまいます。それが今回はユースケだけです。
加減をしらない5歳児が、食べたいだけ食べたらどうなるか?
心配になりませんか?

4月9日(日)、ユースケをもらい受けに車で大分まで行きました。
今回も日帰りです。泣けてきます。でも次の日からユースケは
幼稚園。私も仕事があります。どうしても帰らなければいけません。

朝早く出掛け、ユースケと再開しました。やっぱり・・。
心配した通り、食べ過ぎた結果、顔がちょっぴりふっくらに(^^;)。
後で、はかってみると1kg体重が増えてました。
夕方、家に戻り、ジョン太とも再開。久しぶりに家族4人で食卓を
囲みました。次の日からはまた、ジョン太のお母さんが手伝いに
来てくれます。またこれからいつもの生活が始まります。

そんなこんなで、ユースケの1週間のお泊りは、目に見えるもの、
見えないもの、いろんな変化があり、少しだけ成長もしたようです。
なによりも、楽しかったことが一番私たちにはうれしい報告でした。

じゃあ、次は夏休みもお願いしようかと、
ジョン太とひそひそ相談するこの頃です。

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2006.04.06

ここより永遠に

2人目となるとどうしてこうも違うものか。
1人目の時はあんなにすんなり命名できたのに・・。

今回は産まれるまで、男の子か女の子か聞かないことにしていました。
ユースケの時はあらかじめ男と分かっていたので、男の子の名前だけ
考えておけばすみました。しかし今回はどちらか分かりません。男の子なら
これ、女の子ならこれ、と名前を決めておけば良いのでしょうが、私には
それが出来ませんでした。単純なことが引っかかって先に進めません。
男の子と女の子、どちらの名前も用意しておくということは、一度決めた
にもかかわらず使われない名前が残るということです。私たちが若ければ、
次の子のためにその名前を取っておくという考え方もできます。でも兄弟と
して育てたい、という願いが叶った今、私たちの年齢的なことも合わせて
考えれば、たぶん次はないのではないか?そう考えると、置き去りにされる
名前がなんだかかわいそうな気がして、そこで思考がいつも停止していました。

しかしいつまでもそんなことを言ってはいられません。
なにしろ生まれたら、14日以内に出生届けを出さなければいけないのです。
引越しの片付けもまだちゃんと終わってないけど、出産予定日前の2週間は
名前を考えることだけに専念しようと思ったその日、赤ちゃんが生まれました。
3月11日のことです。

それからが大変。あまりにも早く生まれてきたため大慌てです。2人目という
こともあり、のんきに構えてた私たちは、名前についてまだ真剣に話し合った
ことがありませんでした。生まれたから さあ話そうと言ったって、ジョン太は
1週間の入院生活です。離ればなれでどうやって名前を決めたら良いのか?
タイムリミットは3月24日。あと2週間!

昼休みを利用して病院に行き、ジョン太と話しました。そこで新たな問題が。
2人の希望する名前が違うんです。しょうがないので、パソコンを使って、
お互いの候補を、楷書体でプリントして、また別の日に持って行きました。
やはり苗字と名前のバランスなどは、こうするのが一番分かりやすい。
あれやこれやとお互いに意見を出しました。でも、結局決まらないまま、
3月18日に退院。タイムリミットはあと1週間!

名前に正解はありません。だから難しいのだと今回初めて知りました。
ユースケの命名の時は、お互い希望する名前が一致してたので、問題
ありませんでした。今回はお互いに、いいなと思う名前がそれぞれあって、
別にどちらの名前も悪くないと思う、でもやっぱりこっちが・・となかなか
素直に譲ることができません。休みの日にゆっくり話すことができれば
良いのですが、タイムリミットは3月24日。金曜日の平日です。

3月21日が春分の日で休みだから、この日までにじっくり考えて
決めようとジョン太と話しました。やっぱりギリギリよりも多少余裕を持って、
出生届けを出したいからです。でも結局この日も決まりませんでした・・。
これが火曜日の話。

金曜日に出生届けを出すということは、木曜日中には決めておかなければ
いけないということです。あと2日で本当に決まるのか不安になってきます。
でもお互いが納得して付けた名前じゃなければ、赤ちゃんがかわいそうです。
あきらめなければ、道は開けてくるもの。私たちは残り2日間で決める方法を
見つけました。ここで詳しく書くことはしません。もし同じ悩みを持つ人がいる
なら、一