カテゴリー「エッセイ」の21件の記事

2008.03.23

ライフ・パーセンテージ

毎日少しずつ何かが変わります。
今日はそんな話を書いてみようと思います。

「日数計算」というのがありまして、いつからいつまで
何日あるか計算するものです。検索で調べたら、
そんなサイトがいくつも見つかるので試してみてください。
例えば自分が生まれてから今日まで何日生きてるか、
調べることができます。

例えば私の場合なら14942日です。14942分の1と
いう今日を過ごしています。明日だったら14943分の1に
なるわけで、分母の数が毎日+1されます。

ユースケの場合は2580日。2580分の1という今日を
過ごしています。私の1日とユースケの1日は、同じ1日を
過ごしているようでありながら、その1日の持つ意味は
まったく違うのかもしれません。

そう考えると、年を取れば取るほど、日々が
流されていくようで、少し悲しくなってきました。

1日の重みが少しずつ軽くなっていくような、
そんな気がしていたある日、ふと気づきました。

 あれ、そういえばジョン太と知り合ってもうすぐ
 10年になるんじゃなかったっけ?ということは
(人生の)4分の1ぐらい一緒にいることになるな。

ん?このままいけばそのうち2分の1になるかも。
ということは、生きてる時間の半分一緒に過ごす
ことになるということか・・。こりゃすごい!

そうか、一緒に過ごすということは、分母が+1される
だけじゃなく、分子にも+1されるんだ。決して1には
ならないけど、少しずつ1に近づいていく。人生における
割合が少しずつ大きくなる・・。

 Y(人生における相方の割合)
 X(相方に出会ってからの日数)
 Y=X/(生まれてから相方に出会うまでの日数+X)

そう考えると、年を取れば取るほど、日々が積み重なって
いくイメージが頭に浮かび、それも悪くないなと思える
ようになりました。

Life_percentage

※実際に計算してみました。これによると今年の
 12月6日になれば、私の人生の4分の1を
 ジョン太と過ごしたということになります。
 quarter anniversaryと名づけよう(^^)。

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2008.02.11

大きな喜びと大きな悲しみと

悲しみの反対は喜びだと思っていた。
でも最近、それは違うんだと思うようにしている・・。

悲しい事件や事故がニュースで流れるたびに、やりきれなくなる。
もしこれが自分の家族に起こったらとか、自分だったらとか。
そんなことを考えると、いてもたってもいられない気持ちになる。
だけど、起きてもいないことを心配しても仕方ないし、そんなとき
感情を持て余してしまって、どうすればいいのか分からなくなる。

人は生まれた以上、最後に大きな悲しみに出会う。それは
分かってるけど、ではこの気持ちをどうしたらいいのか。

悲しみの反対にあるもの、それは寂しさだと思う。
出会いがあるから別れがある。それが悲しみの元であるのなら、
それを避ければいい。いっさい人と関わり合いにならなければ、
きっと悲しくなんかならないだろう。悲しみを避け続けた結果が、
孤独な人生だとしても、それを望むのなら、その人にとっては
幸せな人生だということになる。

でもたいていの人はそれに耐えることができないのだと思う。
私もきっとそうだ。悲しみをできるだけ避けようとするなら、
その分だけ寂しさが増してくる。それがいやなら、悲しみ
そのものを受け入れるしかない。

人生の最後に喜びと悲しみを清算できたとして、喜びのほうが
多く残っていればいい。そう考えていた。でも最近、それも
違うように思えてきた。

喜びが大きければ大きいほど、悲しみも大きくなる。
悲しみを避ければ、喜びもない。喜びと悲しみは相反する
ものではなくて、一緒に寄り添っている関係なのだと思う。
喜びと悲しみと、どちらが大きいかは大した問題ではない。
大きな喜びを求めるなら、大きな悲しみを受け入れなければ
ならない。その覚悟を持つことが必要なのだと思う。

小さな喜びには小さな悲しみ。大きな喜びには大きな悲しみ。
どちらを選んでも、それはその人の生き方で、どちらも間違い
ではないだろう。でもたいていの人がそれを選ぶように、
私もまたそれを選ぶ。愚かな選択、でも愛すべき選択を。

 P.S.
  人はどこから来てどこへ行くのか・・。
  死ぬのがこわいのは、そこから先が分からないから。
  あの世とか、生まれ変わり、なんて信じないけど、
  命って不思議なものだと思います。
  死ぬのがこわいと思うのは当然だけど、生まれるのが
  こわいと思わないのはどうしてでしょうか?
  そこから先が分からないのは、死ぬときだけじゃなく、 
  生まれるときも同じはず。では、なぜ赤ん坊の頃は
  こわくないのでしょうか。

  赤ちゃんなんだから当たり前だというかもしれませんね。
  でも不思議なことだと、私は思います。お母さんのお腹
  にいるのがたぶん何よりも幸せなこと。でもいつかは
  そこを離れないといけません。生まれて向かい合う
  未知の世界に対するこわさをやり過ごすため、最初は
  赤ちゃんという無垢な存在で始めるのかもしれません。
  いや、もしかしたらオギャーと泣いて生まれるのは、
  こわいこわい、と泣いているのかもしれませんね。
  でもお母さんに抱きしめられて安心して泣き止む。
  そうやって、こわいけど新しい世界を少しずつ受け入れて
  いくのかもしれません。たぶん私たちは忘れているだけ。
  死ぬほどこわい思いをするのは初めてのことじゃない。
  そしてその先に起こる安らぎ・・。
  人生の最後に、もう一度その時のことを思い出すのかも
  しれません。今はそう信じたいと思います。

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2008.02.03

親と子のiPod touch(子ども篇)

子どもというのは思いもかけないことをするものです。
iPod touchを初めて見せた時にユースケが真っ先にしたこと、
なんだと思いますか?それは世界時計で遊ぶことでした。

iPod touchの世界時計は、地名を検索して追加するタイプです。
とりあえず知ってる地名を入れたユースケ。それだけでは
あきたらず、今度は地球儀を持ち出して地名を調べ始めました。
検索してヒットすると追加できるので、クイズに正解してるかの
ような気分になるのでしょう。次々に追加して、とうとうこれ以上
追加できない限界まで入れてしまいました。

次はストップウォッチです。いろんなものを計り始めました。
ラップタイムなんかも取ったりして・・。よくまああんなので
遊べるものだと感心しました。あと、カレンダーにも予定を
書き込んだりして遊んでいました。とにかくiPod touchを
さわるのが楽しいようです。その気持ちはよく分かります。

でも本筋とは関係ないところで楽しんでしまってるユースケに、
そのまま何も教えないのもかわいそうなので、ゲームで遊べる
ことを教えてあげました。

ユースケ大喜び。「これDSなの?」と聞いてきます。今の
ところインターネットを介したWebアプリしか、公式には遊べ
ないのでそんなに大層なゲームはできません(20080203現在)。
でもパズルゲームなどは充実しているので、ユースケには
ぴったりです。iPod touchに画面が最適化されているゲーム
も多いので遊びやすく、これはこれでなかなかあなどれません。

ユースケは「オセロ(iThello)」や「数独」などで遊んでいます。
最近は「Calc 10」という、4つの数字を四則演算で10にする
ゲームもやっています。数字好きのユースケには、こういう
じっくり考えるゲームが、きっと向いているのでしょう。

iPod touchにはYouTubeプレーヤーが搭載されているので、
ユースケは動画も楽しんでいます。YouTubeの画質は良くない
印象がありますが、実はパソコンで見るよりiPod touchで見る
ほうが画質が良いそうです(画像の圧縮方式の違いだとか)。
確かにこの画面サイズでこの画質ならそんなに気になりません。
iPod touchはYouTubeプレーヤーとしての実力もなかなかです。
検索するとたいていのものは何でも出てくるので、魔法の箱の
ようだ、とユースケは思ってるのではないでしょうか。ピタゴラ
スイッチに出てくる「ピタゴラ装置」を自作してる動画なんかは、
私も楽しく見させてもらっています。

iPod touchはスピーカーがついてません。気軽にユースケが
楽しむにはヘッドホンではなくスピーカーが欲しいところ。
しかもコードで接続するタイプではなく、iPod touchにダイレクト
に接続できる小さなスピーカーが必要。だから探してきました。
あった、ありましたよ。3,000円ぐらいで買いました。
高音質じゃなくてもいいんです。楽しめればそれで。

最近ユースケはiPod touch本来の機能である音楽も聴くように
なりました。ヒット曲だったり、CMで流れてる曲だったり、
それを歌詞を表示して聴いています。そんなユースケを見てて
思うのですが、これって漢字を覚えるツールにもなりそうです。
今どのあたりを歌ってるか分かれば、読めない漢字も聴くこと
で覚えることがたぶん出来るはず。好きな英語の曲で英単語を
覚えるのと同じ要領です。iPod touchを使って知らないうちに、
ユースケはいろんな学習をしてるような気がします。

そんなこんなで今日もまた、親と子のiPod touchライフが
始まるのです。

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親と子のiPod touch(親篇)

年末にiPod touchを買ってから、親子でハマっています。
最高のおもちゃですね。さわるのが楽しくて仕方ありません。

以前iPod miniを持っていて、そのときはこんなに使いやすい
携帯音楽プレーヤーがあるのかと驚いていましたが、これは
そのときの驚きを軽く超えています。

ニンテンドーDSを持っていないユースケは、iPod touchを見て
こう言いました。「これDSなの?」

さわるのが楽しいんです。使い方を知らないはずのユースケも、
あれこれさわって、すっかり覚えてしまったようです。
使うことで新しい発見があります。それが楽しいんです。

携帯音楽プレーヤーとしては、iPod miniの時代から、だいぶ
進化してます。以前の私はiPod miniを、車で遠出するときに
のみ使ってました。FMトランスミッターを使い、カーオーディオ
として楽しんでました。家族がいるので、ヘッドホンしてひとり
で音楽を楽しむという使い方はあまりしていませんでした。
でもiPod touchは違います。音楽を聴くだけではなく、
見る楽しさもあるんです。

アルバムジャケットの画像や歌詞を自動で集めてくれるソフト
があるのでそれを利用すると、iPod touchでアルバムアートを
楽しむことができるし、歌詞も表示してくれます。
これに慣れてしまうと今までのiPod miniが物足りなく思えて
しまいます。音楽+アルバムアート+歌詞がそろうことで、
コレクターのような所有欲を満たしてくれます。
そして歌詞が表示されるので、カラオケの練習もできます。
実はこれがいちばん助かるかも(^^)。

iPod touchの面白さは音楽だけじゃありません。Wi-Fi機能を
使って無線でインターネットにアクセスすることで、楽しさは
何倍にもなります。

Webサイトを見やすいようにさまざまな工夫がしてありますが、
さすがにパソコンで見るのと同じ快適さを求めてはいけません。
でもiPod touchならではの使い方もできます。例えば、映画の
上映時間や、電車・バスの時刻表などをブックマークすると、
いちいちパソコンを起動する煩わしさがなく、とても便利です。

ビューワーとしての面白さもiPod touchにはあります。
写真をパソコンと同期して手軽に持ち出すことができます。
実家に行ったときに親に見せることができて重宝します。

またテキストビューワーとしても私は使っています。
いろんなやり方があると思いますが、私はGmailを使ってます。
自分宛てに気になる情報をメールで送って、iPod touchで
読むという使い方。文字が読みやすいし、ちょっと時間の
あるときに読めるので、活用してます。あと、青空文庫の
iPod touch版
なんかは感動してしまいます。縦書きで、
本でよく使われている書体で作品を読めて、その文字の
きれいさにはびっくりしました。

あと、iTunes Wi-Fi Music Storeでいろいろ試聴することが
できて、それだけでも楽しいです。iPod側でこれが出来る
のは嬉しいですね。

使うほどに新しい発見があるiPod touch。
これからも活躍してくれそうです。

※iPod touchのインターネットを外で使うには 公衆無線LANを
使わないといけないので、今のところ私はもっぱら自宅でのみ
楽しんでいます。

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2007.05.27

たったひとつの命だから

このことを知ったのは、5月17日の西日本新聞夕刊の
記事でした。ある人が思いついたそうです。

 「たったひとつの命だから」のあとに
 あなたは どんな言葉をつなげますか?

自分自身の体験と出会いが、命をみつめるきっかけと
なり「たったひとつの命だから」のあとを、自問自答して
いるうちに、他の人だったらどんな言葉を発するのか、
知りたくなったそうです。

友人や地元の高校生に呼びかけ、このあとに続く言葉を
募集。それが反響を呼んだそうです。朗読会を開催したり、
地元FMラジオもこのことを番組で取り上げて、それが
きっかけで番組の1コーナーになり、リスナーからも
多くの言葉が寄せられたそうです。それが今年の春、
「たったひとつの命だから」という本にまとまりました。
新聞の記事はそのことを紹介していました。それを
読んだ私が、ここにこうして書いているわけです。

子どもを自殺で亡くした母親のメッセージは
胸に迫るものがありました。

 たったひとつの命だから
 生きて生きて みんな生きて

シンプルすぎる言葉だけど、その人が背負っているものを
思うとき、偽らざる言葉の重さとはこのようなものかと、
思いを新たにしました。

私自身はそんな苦労もなく今まで生きてきて、でも自分
だったらどんな言葉を続けるだろうと、その記事を読んで
からずっと考えていました。私なら・・。

 たったひとつの命だから
 心動かせ生きていたい

私ならこんな言葉をつなげます。「感動」とは、感情を
動かすことだと、私は勝手に解釈しています。つまり
心を動かすこと、それを日々大切にしていきたい。
嬉しいことや楽しいことばかりではなく、悲しんだり、
憤ったり、そんな感情も含めて、心を動かすような
出来事を日々感じることができるなら、それはきっと
自分だけの、他の誰とも似てない、かけがえのない
人生になるでしょう。

一番つまらないのは「無感動」な日々を送ることじゃ
ないでしょうか。日常なんて、そんなめったにドラマ
チックなことが起こるわけではありません。だからと
いって何も感じなければ、何も残りません。
心動かすようなことを感じ、求める力が、
日常をドラマチックに変えるのだと思います。

「たったひとつの命だから」このあとにつなぐ言葉を
考えていたら、そんなことを思っていました。
命をみつめる機会を与えてくれた、この本に感謝します。

あなたならどんな言葉をつなげたいですか?

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2006.10.22

マジックタイム

6oclock

土曜の朝方、偶然目が覚め、屋根裏部屋から外に出てみた。
夜明けの写真を撮ってみようと、ふと思い立ったのだ。
秋とはいえ明け方はあまりに寒く、数枚の写真を撮ったのみ。
でも見てみるとほんの短い時間でまったく印象が違う。
これはちゃんと撮らねば。そう思い、日曜の朝を待った。

日曜の明け方、今度はダウンジャケットを着込み、準備完了。
1分おきにカメラに風景を収めてゆく。

目にはさやかに見えねども・・。
ほんの数分間だけ、空が濃密な青に包まれる時間がある。
夜から朝になるその瞬間。それに立ち会えたことが嬉しい。

マジックタイム5分前
5before6

マジックタイム5分後
5after6

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2006.10.09

お月見パーティー

今年の中秋の名月は10月6日。この日はジョン太の
誕生日だったので、そちらを優先しましたが、やはり
お月見もしたい。実際の満月は翌日の10月7日で、
この日は雲もなく絶好のお月見日和でした。

仕事が終わって、家に向かって自転車を漕いでいると
山の上にぽっかりと浮かぶ月に気が付きました。
なんて明るくて大きなお月さま!スーパーに寄って、
お月見団子を買って帰りました。今夜はお月見だ!
夕ご飯をすませ、お風呂に入り、ユースケに
「今夜はお月見するよ」と言うと、ユースケ大喜び。
お月見パーティーだ~!と大騒ぎ。ジョン太がお風呂から
上がるのを待って、屋根裏部屋にみんなで上りました。

屋根裏部屋の明かり取りの窓を開けると、満月が
見えました。さきほど見たより高く月が昇っていたので、
窓の近くじゃないと見えません。そこで窓のそばを
急きょお月見席にすることにしました。フローリングの
床に、ユニット畳を4枚敷いて、そこにみんなで座り
ました。なんだか茶室から月を眺めている気分です。
お茶を飲み、団子を食べ、月を眺める。風呂上りの
ほてった体に、開け放した窓から秋の涼しい風。
雲ひとつない夜空。明るくてまん丸のお月さま。
「ここは特等席だね」なんて言いながら
みんな笑顔。

なんてことない週末だけど、かけがえのない週末。
きっと私たち家族の大切な思い出になるでしょう。

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2006.06.24

夏待ち

Tachiaoi20061

今年もタチアオイの花が咲きました。
丘を登った近くの公園に出掛けて確認しました。

タチアオイの花が一番上まで咲いて上り詰めると
梅雨が明けるのだそうです。そんな言い伝えを
知ってからというもの、梅雨のこの時期は、毎年
タチアオイの花が気になります。

今年はいつ一番上まで咲くのでしょうか?
夏に一番乗りするタチアオイの花を時々見ては、
梅雨空の下、夏が来るのを待っています。

Tachiaoi20062_1

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2006.06.15

月替わりの表札

今年の初め、引越しをしてからというもの、新しい我が家の
表札には、何の表示もないままになってました。部屋番号が
分からなくて、宅配便の人が困るからなんとかして!と
ジョン太に頼まれ、部屋番号を表札に貼ることにしました。

そこでひらめきました!写真をくり抜いて、部屋番号の数字を
つくったらどうだろうか!今までに撮りためた季節の写真を
素材にしてつくってみよう!慣れない画像編集ソフトをさんざん
試行錯誤して、ようやくコツをつかみました!
できあがったのがコレ!

601go

あじさいの写真を素材にして、部屋番号「601」をつくって
みました。これを再粘着タイプのフォトシールに印刷すれば
出来上がり!おお!なかなか良い感じではないですか。

この「601」。毎月つくってみようかなと思ってます。
ひまわりだったり、紅葉だったり、冬にはイルミネーションや
サンタの写真を素材にしても面白いかもしれませんね。

遠くから見るとただの部屋番号に見えるけど、近づいて
よく見ると、季節をあしらった写真でつくってある。それに
気づいたときのことを考えると楽しくてしょうがありません。

「宅配便の人がまた来たくなる家ってのはどう?」と私。
「いや、別にそれは必要ないんじゃ・・」とジョン太。
「じゃ、お友達が今度は何かな~ってまた来たくなる家!」と私。
「それなら良いんじゃない」とジョン太。

マンション暮らしの我が家には、家の前に花を飾るスペースも
ありません。だからといって何もないのも味気ない。せっかく
来てくれた人に、ささやかだけど楽しんでもらえたらと思って
こんなものをつくってみました。いかがでしょうか?

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2006.03.06

微笑がえし

hohoemigaesi

2月25日、同じマンションの4階から6階へ引越しをしました。
この写真は今までお世話になった4階の部屋です。

「畳の色がそこだけ若いわ♪」というわけで、
ユースケの微笑がえし!!(古い歌でスミマセン)

今まで住んでた部屋ががらんとなるのは本当に不思議な感じです。
でもそんなことより、新しい部屋の片付けです。なんとかせねば。

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